編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

JR宝塚線の脱線事故の「主役」、それはJR西日本取締役相談役、井手正敬氏をおいてほかにない。

 その名前を思いがけないところでみた。「JR西日本取締役相談役、井手正敬氏が七月、三洋電機の社外取締役に就任予定」という小さな新聞記事(その後、本人が辞退)。JR宝塚線の脱線事故直後だった。井手氏は中曽根首相時代、国鉄民営化で辣腕をふるい、JR西日本の副社長を経て社長に就くや、利益確保のためリストラなどの“効率化”を推し進めてきた。同社には複数の組合があるが、「反会社」の姿勢をとる組合を徹底的に攻撃したことでも知られる。相談役となった今も、同社の“実質トップ”と言われる存在だ。
  
 事故の背景には、こうした労務管理の問題のあることが、しだいに浮き彫りになってきた。少なくとも、当該の運転士に責任を押しつけてこと足りる事案でないのは確かだ。今後、JR西日本の体質そのものが問われるのは、避けられない。そして、それはまさに、井手氏の敷いた路線が俎上に上げられることを意味するのである。

 本誌で特集したように、同社は、行き過ぎた人員削減政策により、中堅運転士の数が激減した。経験不足の運転士は、十分な指導を受けないまま運転席に座っていたのである。一方で、利益追求のため、過密ダイヤをつくり、運転士にはアクロバット的な運転を強要した。また、「組合敵視」策は社内の宥和を損ね、「上司の命令にだけ従う」ロボット社員を生みだした。かつて小説にもなった日本航空の実態と重なり合う。その日航もまた、さまざまなウミが露呈しているのは偶然ではあるまい。

 もちろん、一部の組合員らを中心にした経営批判の動きは、かねてからあった。だが井手氏は聞く耳をもたなかった。そして、その取り巻きは井手氏を守ることしか頭になかったのだろう。かような組織はモラルもモラールも低下する。こちらのほうは、西武グループにもNHKにもあてはまる。ワンマンなトップが裸の王様になる例は、それこそ枚挙にいとまがない。

 つまるところ、井手氏の推進した“効率化”は安全性を蔑ろにしてきた。そう言わざるをえない。もし反論があれば、公けの場で明らかにしてほしい。できないのなら、直ちに被害者や家族に対し、JR西日本を代表して謝罪すべきだ。あなたにはわかっているはずだ。だれが今回の事故の「主役」なのか、だれが最も責任を負うべきであるのかを。(北村肇)