2013 年 5 月 17 日
7:00 AM
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カテゴリー: 編集長後記
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平井 康嗣 |
編集長後記
陸上自衛隊がサリンなど毒ガスを作っていたことが明らかになった。軍事ジャーナリストの間では、自衛隊の毒ガス製造は「常識」だそうだが、裏付けされたのは初めてだろう。防毒目的のためには製造をしなければならないと自衛隊関係者も語っているそうだが、ごもっともな論理構成である。それでは、なぜそれを隠し続けてきたのか。
今、TBSで「空飛ぶ広報室」という小説が原作のドラマが放映されているが、毎回うんざりする。恐ろしくなる。五月一二日放映回では地対空ミサイルPAC3の配備訓練を紹介し、主演の綾野剛に最後の砦だと垂れ流させていた。PAC3は三二基足らずで、まともな迎撃体制を構築しようとすれば防衛予算が青天井になる代物。「電波を飛ばす不動産屋」と自嘲したTBS社員はいたが、今や「電波を飛ばす自衛隊広報会社」である。
自衛隊に限らず組織とは知らせたいものは広報するが、知られたくないものは広報などしないのが常だ。両者には今回のサリン製造もぜひ広報してほしい。 (平井康嗣)
2013 年 5 月 10 日
7:00 AM
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平井 康嗣 |
編集長後記
朝のテレビ番組で、船田元・自民党憲法改正推進本部長代行が、改憲草案中の「公の秩序」や「公益」の意味について語っていた。たとえば、土地の所有者が抵抗して道路がつくれない場合には公の利益のため、土地という私有財産を簡単に没収できるようにしたいという話だった。
大部分が完成した東京外環道路も、地上げに難航し建設は大幅に遅れた(と政府は考えているだろう)。三〇年ほど前、私が小学生だった頃の千葉県市川市では学級全員の親が建設反対の署名をしていた。しかし今、地元での抵抗は少数だ。国の公共事業はそうして個人を克服してきた。
経済学者の岩井克人は資本主義経済では自由主義や個人主義よりも「私有財産制」が重要だと『資本主義から市民主義へ』で指摘していた。人はまず自分の体を所有していなければ自己決定ができない、始まらない、からだという。つまり、自民改憲案では(無自覚だろうが)、国民の体も公益のためには差し出させる企図も法体系に含んでしまったといえるのだ。 (平井康嗣)
2013 年 4 月 26 日
7:00 AM
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平井 康嗣 |
編集長後記
自民党は与党というメッキがはげかけると、とたんにその本質をさらけ出すようだ。
最初に愕然としたのが、民主党に政権交代する直前の中傷ビラだ。二〇〇九年八月、「民主党 これが本性だ!」などというビラを全国で大金をかけてばらまいたが、これでだれが共感するのかと、ビラと政党の質の悪さに唖然とした。結局今は「札」がつくビラをばらまいて、支持率を得ているが。次は昨年四月(野党時代)に作成・発表された憲法改正草案だ。私が指摘するまでもなく、数度に及ぶ改正案にくらべると品格のなさが目につく。日本国憲法というベースがあっての改正案だから、あの程度ですんだが、ゼロから彼らに憲法をつくらせていたら、もっとわかりやすい(とんでもない)ものに仕上がっていただろう。国際社会で日本が恥をかかないためにも草案には反対する。
さて告知です。おかげさまで一一月二日に『週刊金曜日』二〇周年編集委員講演会を日本教育会館(東京)で開催する運びとなりました。詳細は後日また、です。 (平井康嗣)
2013 年 4 月 19 日
7:00 AM
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編集長後記
知り合いの在日朝鮮人(「在日北朝鮮人」ではない)が、このところたびたび怒って電話をかけてくる。
「北朝鮮が日本を攻撃するっていうけど、おれたち(在日)が日本にいるから攻撃するわけがない。(北朝鮮は)日本が攻撃してきたら攻撃をすると言っているのに、その前段をメディアはカットして報道している。意味が全然違う」
恣意的な報道はいつものことだが、今回、拡散されたのは北朝鮮の若い指導者は負けず嫌いで何をするかわからないという独裁者像だ。確かに映像に見る軍人が取り囲む金正恩氏はいかにも、である。ああイラク、イラン報道に続く既視感。これが「敵性」報道の完成形なのか。国交もない、取材もできない。日本の朝鮮総聯も政治家やメディアに抗議もせずにひたすら沈黙。そうしてますます彼らは正体不明になり、裏取りいらずの叩きやすい存在になっていく。このような国は武力的緊張を適度に求める政治リーダーにとってまことに好都合だ。まるで喜劇のように日本中が騒いでいる。 (平井康嗣)
2013 年 4 月 12 日
7:00 AM
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平井 康嗣 |
編集長後記
日本のものづくりを小粒にした要因の一つに、株式市場があるだろう。一年に四回決算し、そのたびに競って成績発表をする。
一年を通じ、季節に左右され、不安定な今の農業はそんな市場の理屈が当てはまるのか。以前、葡萄南限の宮崎県都農町を取材した際、土を改良し、樹を変えていくのに、「あと一〇〇年かかるかな」「だな」と農家の人々があっさりと話していた姿に内心、衝撃を覚えた。時間軸が違いすぎる。かりに農業を株式会社にしても株式上場化など、まともな姿ではできないだろう。
また上場会社は日本のさまざまなくだらない法律も遵守することが求められる。『電通の正体』で取材した当時、広告最大手・電通のベテラン社員は「上場してから会社がつまらなくなった」と話した。理由は時間をかけた仕込みが決算や法令遵守があるためにできなくなったからだという。「以前は何をしているのかわからない社員がいた。そいつが大きな仕事をしたりした」と。私も生涯をかけ、大粒の果実を実らせたいものだ。 (平井康嗣)
2013 年 4 月 5 日
7:00 AM
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平井 康嗣 |
編集長後記
今週号から「自民党改憲草案徹底批判」シリーズを始めます。なぜ憲法を国家の要に置く立憲主義が存在するのでしょうか。それは国会という “民主主義”の暴走を防ぐためです。選挙で大勝し国会で多数派を占めたとしても、憲法は政治家、共生者である経済界の歯止めとなります。与党政府は法律をつくれても憲法はおいそれと改正できないからです。それが均衡と抑制を常に考える立憲主義なのです。
しかしそうするとある時代の多数派には憲法が邪魔になります。こうした結果が今です。戦争の痛みを世界中が共有しえていた時代の国際社会の知恵も織り込んだ今の憲法と決別し、日本の特有性を強調して独善的に劣化させたい、となってきました。
このタイミングで広島高裁(筏津順子裁判長)は「違憲審査権も軽視されている」と国会を批判し、一票の格差訴訟で戦後初の国政選挙無効を言い渡しました。私はこの発言は憲法をないがしろにする今の政治家に向けられていると思いました。到底、自民党草案は呑めません。(平井康嗣)
2013 年 3 月 29 日
7:00 AM
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編集長後記
「アベノミクス」だと、バブルを煽ろうとしているのは誰なのか。今それをよく見ておく絶好の歴史的機会だ。バブルは人気と空気だ。メディアや代理店はスポンサー企業のため、ここぞとばかりに連日、消費や投機に手を出すよう世間の焦燥感を煽っている。必死さを裏に隠す詐欺師のような明るさにはウンザリする。
企業や若者が集中する超都心ならともかく、その他の地域では地価が上がる理由も乏しい。少子高齢化で二〇三〇年には六五歳以上が三人に一人になると推計される日本ではもはや住宅は過剰だ。
私は民主党の子ども手当を「財源がない」としつこく批判して潰した自民党議員を忘れないだろう。子どもは宝だ。もちろん人こそ国力という意味ではない。震災地取材での「子どもの声が聞こえるようにならないともとにはもどらない」という言葉が耳に残っている。子どもがいる町には、親がいる。学校がある。友達がいる。そういうことである。なにを豊かさの物差しにするかだが、それは少なくとも株価や地価ではない。 (平井康嗣)
2013 年 3 月 22 日
7:00 AM
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編集長後記
人種差別は人殺しの準備である。在日コリアン、コリアンなどへの人種差別を扇動し続ける在特会らグループへの抗議の声が強まってきているが、当然である。差別は憎悪の感情を駆り立て、手前勝手な敵意を正義へと捏造する。差別相手を対等な人間と見なくてよいことを正当化する。実際に在特会らの示威行動では「殺せ」などの声が出始めている。差別意識がそうとう悪化してきた表れである。
イラク帰還兵を取材した『冬の兵士』(岩波書店)では、米兵がイラク人を「ハジ」「ターバン頭」と呼び非人間化に努めた証言がある。ナチスにとってのユダヤ人、フツ族にとってのツチ族、米兵にとってのベトナム兵、いずれも敵の非人間化の過程がみつかる。同書での「軍隊は職業ではなく文化です」という証言も恐ろしい。その文化の拡大を進める感性の安倍首相はネット右翼との親和性も高く、警戒する必要がある。が、私たちも「敵」に正義を振りかざすとき、その顔を鏡に映してみなければいけないとあらためて思う。 (平井康嗣)
2013 年 3 月 15 日
7:00 AM
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平井 康嗣 |
編集長後記
「憲法は権力を縛るものだ」ということは最近共通の認識になってきている。ではなぜ憲法は権力を縛るのか。それは古今東西で裏打ちされた共通の信念である「法」(議会でつくられる法ではない)の支配によって、人〈権力者〉による恣意的な統治を排除するためである。
たとえばイングランドでは国王大権の下に行政と司法が一体化し恣意的な取り締まりを行なった。これに国民の不満は高まり、ついに議会によって廃止される。議会は王の恣意性を排除することで存在価値を高めた。日本国憲法の三権分立、二院制という仕組みは、もともと権力の恣意性を抑制するための仕組みであり「ねじれ」た問題ではない。
今の日本の政治家が「法」〈憲法〉を無視した恣意的な権力の行使をしているとすれば、それは歴史的な教えにも逆らうものになる。議会が「法」〈憲法〉を安易に変える行為はもっともひどい権力の濫用となる。政治家の暴走を防ぐ最大の枠組みは、やはり今の憲法なのだと、あらためて思う。
(平井康嗣)
2013 年 3 月 8 日
7:00 AM
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平井 康嗣 |
編集長後記
先週は福島の苦難の現況でしたが、今週はその元凶である原子力発電所の今について特集をしました。一方、本誌音訳版を購読している読者から、原発をめぐる三〇の短歌があるので紹介できないかとメールで提案をいただきました。この欄で一部だけですが紹介させていただきます。
とおりゃんせとおりゃんせ原子炉護るいと厚き扉を開ければ鳴る『とおりゃんせ』
原子炉の前に並びて朝毎に我ら「原子力産業の発展に寄与致します」と絶叫す
次々と番号報告されてくるデモに来たりし人の車の
秘匿事項多き原発業務にて口止め込みの給与明細
「ここは、人間扱いしてくれるから」 同僚の呟きに混じる東北なまり
交付金で建てられし公民館なり原発の是非問う選挙の投票所は
わたしでも歌人の葛藤する真っ直ぐな心情が伝わりました。これらはある結社の「原発暮らし」という受賞作品ですが、ご本人が現職である点を配慮し、結社、名前はあえて伏せました。 (平井康嗣)