編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

不正の背後

 国会で統計不正の追及がつづく。小川淳也議員(立憲民主)の質問が「国会パブリックビューイング」で複数回取り上げられていたが、たしかに鋭い。18日に国会で投げかけた言葉は際立っていた。

「私ね、いろいろ数字を調べました」
「途中からね、なんでこんなに数値論争をしているんだろう、と。なんでこんなにこの政権と数値論争でもがいてるんだろうと、私は途中からそう思うようになったんです」

「もしこの国の総理大臣が、いい数値持ってきたらですよ、『いい数字はもういいから、と。……どっかに悪い数字はないのか。そこで困ってる国民はいないか、そこに社会の矛盾がうもれてないか』というような総理大臣だったら、そもそもこんな数値論争は起きてないじゃないか」

ただ、世論調査の結果をみると、統計不正の問題が発覚して以降も、内閣支持率はほとんど落ちていない。ベンチマークとか、専門用語も出てきて、とかく難しい話になりがちだが、不正の背後に何があるのか、しっかりと見極めて報道したい。

おいでなさったな

 おいでなさったな。がらんとした会社で一人机に向かっていると、お昼過ぎ、街宣車が近づいてくる。「戦後日本の……」と、大きな声でがなり立てている。きょうは建国記念の日だから、近くのビルに用事があるらしい。場所柄、事務所が面している道路を封鎖して機動隊が並ぶことも。右翼団体に威嚇されるのも、機動隊に命令されるのも嫌なものだ。

 7日は、注文していない下着やサプリ、化粧品などが大量に送りつけられたとして、被害に遭われた方々が都内で記者会見を開いた。ほとんど弊誌に登場いただいたことがある方ばかりじゃないか。社会にもの申す女性への嫌がらせだろうが、卑劣で陰湿だ。それに比べて被害者のみなさんの、なんて毅然としていることか。

 弊社にも口汚く罵るだけの手紙やハガキが届くことがある。以前に比べれば、その数はぐっと減った。色鉛筆やサインペンでカラフルに書かれているのを見ると、どれだけ暇なの?って呆れてしまう。

よりによって

 毎年2月7日の「北方領土の日」に「北方領土返還要求全国大会」が開催される。安倍晋三首相が過去登壇した時の写真を探す。記念行事はどうしても絵柄が同じになるが、それにしてもあまりにも変わり映えがしないな、と思っていたら、今年は集会で採択される大会アピールの文言が変わるというニュースが入ってきた。

〈「北方四島が不法に占拠されている」との表現を使わない方向で調整していることが分かった〉というのだ(共同通信2月4日配信)。交渉中の難しい事案だからなるほど……と納得しかけたが。

 だとしたら1月28日、安倍首相による施政方針演説のあの表現はなんだったのか。

「しきしまの 大和心のをゝしさは ことある時ぞ あらはれにける」

〈これは、日露戦争のさなかに(明治天皇によって)詠まれ、戦意高揚のために使われた歌だ〉として志位和夫日本共産党委員長が厳しく批判をした。よりによって。冗談のようだけど本当の話だから困ってしまう。

追及を待つ

「きょうはいろんなニュースがありますね」。週明け、編集部内での会話だ。大坂なおみの全豪オープン優勝、嵐の活動休止宣言、基幹統計の多岐にわたるミスの発覚……。

 統計不正疑惑の第1弾ともいうべき毎月勤労統計調査をめぐる不正については、「統計所得、過大に上昇」を報じた昨年9月12日付の『西日本新聞』のスクープ記事を、鷲尾香一さんが本誌昨年10月12日号で解説している。

「統計が間違っていたり、作為的なものであれば、政策そのものが間違ったものになる可能性がある」という指摘をされていたが、まさかこんなことになっていたとは。しかも森山裕自民党国対委員長が「さほど大きな問題はない」(1月26日)と発言したという。有権者はどう考えるのか?

 1月27日投開票の山梨県知事選で、自公推薦の候補者が勝利した。恩讐を超えた自民の総力戦を見せつけられたが、今に始まったことではないにせよ安倍政権の責任は「さほど大きな問題はない」とはならないはずだ。国会での追及を待つ。

電話帳にドリル

 雪の舞う日、地方都市の実家に急ぐ。家に着くと、居間の入り口で93歳の父と87歳の母がなにやら作業をしている。見ると、父がドリルを抱えている。分厚い電話帳に穴をあけようとしているのだ。でもうまくいかないという。

 まさかそれを傍で見ているわけにはいかない。「替わるよ」。そうはいってみたものの、なんで電話帳にドリル? と疑問が一杯。渡されたドリルはずっしりと重く、スクリューの部分は不気味に長い。スイッチはどこにあるの? 私、ドリルなんて一度も使ったことなかったっけ。

 幸い父が穿った穴が最後まで通っていたことがわかったので、作業は無事終了。開いた穴にひもを通して、母は満足げに電話帳を壁に掛けた。

 こんなふうに二人で生きているのか。私の知らない両親の生活を一気に身近に感じた。心の底から、1日でも長くこんな日が続きますようにと願った。近くから、1月27日に投開票される地方選挙の候補者の演説が聞こえてきた。両親とも期日前投票に行くそうだ。

安心と悩みとお詫び

 以前、本誌の座談会に登場いただいた高校生が、通っていた公立高校を辞めてしまったと聞いて気をもんでいた。年始年末は時給を上げることを条件に1日14~15時間、コンビニのバイトをこなし、学費を貯める頑張り屋だった。「IT系の学校に通いたい」と夢も語っていた。その後通信制の高校に移り念願の進学が今春決まったと、最近、聞いた。ほっとした。

 一方、就職した会社で役員のセクシュアルハラスメントに遭い、悩んでいる女子の話も聞いた。外国籍の彼女は、会社を辞めたくても簡単に辞められない。加害者は心底卑劣だ。加害を止めさせるため、いま本人は勇気を出し、関係者も知恵を絞っている。

 昨年12月21日・19年1月4日合併号44頁「浜矩子の経済私考」左列下から4行目の「認識にズレ」は、「認識に狂い」となっていたものを編集部が独断で変更したものです。筆者の了解を経ずに手を入れることは、越権行為であり許されることではありません。浜さんに心からお詫びいたします。

いよいよか

 年始年末、個人的には原発関連のニュースに目がいった。まず、東京電力福島第一原発事故による汚染をめぐる早野龍五東京大学名誉教授らの2本の研究論文で、福島県伊達市の同意していない市民のデータが提供されていた問題。

 さらに「計算ミスがあり、線量を3分の1に過小評価していた」(『毎日新聞』)問題。早野氏の論文については本誌17年6月30日号で黒川眞一高エネルギー加速器研究機構名誉教授が「福島の放射能汚染を過小評価してはならない」として批判をされていたこともあり、おおいに気になる。

 サプライズは経団連の中西宏明会長が年頭、原発について「国民が反対するものはつくれない」と発言したことだ。りそな銀行も「核製造企業への融資禁止」を打ち出した。昨年最後の仕事で、長年一貫して脱原発を提唱している俳優の石田純一さんから経済人の動向を聞いていたので「いよいよか」と頷いた。石田さんのインタビュー記事は近いうちにお届けできると思う。

最近感銘を受けたこと

 最近感銘を受けたこと。

▼「毎号全部読んでいます」
 修学旅行の自由時間で、出版業に興味を持つある県の高校2年生9人が弊社を訪れた。数ある出版社の中で弊社を見学先に推薦してくれたその中の一人の高校生が、明るい声でこう言ったのだ。社員の側からどよめきが。創刊以来、毎号読破されている方もいるが、高校生では珍しい。テレビやネットで情報を簡単に得ることができる時代に、なぜ雑誌なのか、なぜ弊誌なのか。いろんなヒントを戴けた。みなさん、ありがとう。

▼「この弁護士さんは……」
 韓国の元徴用工裁判の判決をうけ、原告の弁護士さんが来日して記者会見をした。その方の名前とお顔に見覚えがあった。『怒りのソウル』で雨宮処凛さんがインタビューをした時、その人はソウル大学の院生だった。兵役拒否をして1年6カ月の懲役刑をうけていた。林宰成さん、あなたではないですか。「9条が作り出した影が韓国の兵役拒否」と語った林さん。日本社会はあなたの問題提起にまだ応答できていない。

命や暮らし

「(与党議員は野党議員に)ルールを守れ、ルールを守れ、必死に叫んでますけど、その元気があるなら、民主主義のルールの根幹である公文書改竄で、民主主義の根幹のルールを壊した安倍政権そのものに対して、ルールを守れというべきではないですか」

 今月10日に閉会した国会。7日の参議院本会議で森ゆうこ議員が農林水産委員長解任決議案の趣旨説明冒頭、力を込めてこう問うていた。まっとうな主張に溜飲が下がる。

 70年ぶりの大改正となる漁業法の改正案について、鈴木宣弘東京大学大学院教授から夏頃、警告を戴いていた。だが、本誌ではなんの注意喚起もできなかった。今週の政治時評欄で佐藤甲一氏が言及されている。

 今国会で矢継ぎ早に出された法案は、命や暮らしに関わる重大な法案であったにもかかわらず、議論が尽くされぬまま、問答無用で次々と可決されていった。「黄色いベスト」さんの指南をいただくまでもなく、攻撃の用意はできている。この怒り、参院選で晴らさぬものか。

大事なのは

 公開が気になっていた『ボヘミアン・ラプソディ』。ふらっと行ったら満員でアウト。先週末ようやく観ることができた。1970~80年代に活躍した英国のロックグループ、クイーンのフレディ・マーキュリーを描いた作品だ。

 地方の中学に通っていた頃、ロックになんか興味がない同級生の女の子が夢中で聴いていた。私の趣味とは違っていたけど、のびのある野生的なフレディの高音が魅力だった。映画ではその歌声が流れる。楽曲の良さを堪能できるシンプルな作りがいい。

 フレディはインド系。民族、宗教、性的指向のマイノリティとして苦悩する姿も。大手と契約したクイーンが最初にツアーでいくのが高度成長を続ける日本だ。当時英国は、自国民が「三流国」と自虐ネタにするほど低成長の時代。でも、音楽はすばらしかった。

 しかし今や日本が三流国の仲間入り。それでも個人的にはオーケーだ。大事なのは、日本に他者を迎え入れる土壌があるかどうか、マイノリティが孤立せずにすむかどうかだ。