〈北村肇の「多角多面」(125〉
安倍政権誕生後、少しのことでは驚かなくなった。でも、これは凄い。「生命と女性の手帳(女性手帳)」。国家が女性に対し「早く子どもを産みなさい」と圧力をかけるような代物だ。バカにするのもいい加減にしてほしい。
森まさこ少子化担当相が主宰する政府の作業部会に「少子化危機突破タスクフォース」(座長・佐藤博樹東大大学院教授)がある。7日の会合で「女性手帳」が論議されたが、特に異論はなしと報じられた。このままいくと、2014年度から導入の運びだ。
「女性に対して、妊娠・出産の適齢期などに関する医学的な知識や情報を提供する」ことが目的という。なぜ、これが少子化の対策につながるのか。正しい知識があれば晩婚化や晩産化といった傾向に歯止めがかかるとの理屈らしい。手帳には「若いうちに結婚して出産すれば、健康なお子さんが生まれますよ」とでも書くつもりか。悪い冗談だ。
確かに少子化は深刻な問題であり、早急な対策が必要である。しかし、やるべきことはほかにある。結婚したくてもできない子どもをつくりたくてもできない、そんな現状の改善が先決だ。貧困・格差社会では少子化になるのは当たり前だ。「子どもは国の宝」なら、経済的な不安のない中で出産できるような福祉政策が欠かせない。保育施設の充実も当然。産休問題など、男性を含めての労働環境整備も必須である。
戦前、この国では「産めよ増やせよ」というスローガンが堂々とまかり通っていた。それは、個人より国家が優先される社会の象徴であった。個人の思想だけではなく、肉体をも管理する支配形態ともいえる。その反省から、戦後は個々の市民のプライバシー尊重に舵を切ったはずだ。
自民党憲法草案24条はこう謳っている。
「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」
女性は家にいて子どもを産んで育児をして夫を支えればいい――そんなおぞましい響きがある。もろもろの言動をみると、安倍政権は戦前回帰を目論んでいるとしか考えられない。しかし、時代錯誤と片付けてすむ問題ではない。ことは、人間の尊厳にかかわることだ。近代民主主義そのものへの挑戦なのである。(2013/5/17)
『週刊金曜日』2013年6月28日号掲載の俳句を募集しています。
【兼題】「雪渓」「ゼリー」(雑詠は募集しません)
【締切】 2013年5月31日(金)必着
【投句数】1人計10句まで何句でも可
※特選に選ばれた句の作者には櫂未知子さんの著書(共著を含む)をお贈りします。
【投句方法】官製はがきか電子メール
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アセンド神保町3階 『週刊金曜日』金曜俳句係宛。
電子メールはhenshubu@kinyobi.co.jp
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【その他】新仮名づかいでも旧仮名づかいでも結構ですが、一句のなかで混在させないでください。
なお、添削して掲載する場合があります。
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選句結果と選評は『週刊金曜日』5月31日号に掲載します。(いつもと違い第5週です。お気を付け下さい)
どうぞ、選句をお楽しみ下さり、櫂さんの選と比べてみてください。
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〈北村肇の「多角多面」124〉
「5.3」前後はいつも無力感にさいなまれる。「8.6」から「8.15」までも同様だ。憲法を守ろう、平和を守ろうと声をあげる「私」は、「私たち」の存在を身近に感じる。でも、安易に「私たち」と表現したとき、その実体はかげろうのように薄らいでしまう。「私たち」とは異なる「彼ら/彼女ら」の吐き出す圧倒的な生命力の前に、かき消されてしまうのだ。
「私」を含めた「私たち」は、「私たち」の主張が「正義」であることを疑わない。平和、人権、自由を守ることは極めて正当であり、それらをないがしろにしようとする「権力者」を指弾するのは当然。しかし、「私たち」はこの国において絶対的な少数派だ。10人に1人どころか、100人に1人、1000人に1人かもしれない。これでは「彼ら/彼女ら」の視界には入らないのではないか。少なくとも関心の外だろう。そして、実は「彼ら/彼女ら」こそが「生活者」そのものなのだ。
いま自民党の支持率は50%前後。一体、どうやって「彼ら/彼女ら」を取り込んだのか。十分な解明はできない。ただ、このことだけは言える。人も組織も、「正義」をかなぐり捨てたとき、大きな“力”を手にできる。いかなるウソも詭弁も許されるからだ。しかも、カネや権力、権威を自由に使えるのなら怖いものなしである。
ふと、天を仰ぎ嘆息したくなる。どうして「彼ら/彼女ら」は誘惑に負けてしまうのか――。でも、こうしてため息をついている限り、永遠に「彼ら/彼女ら」は「私たち」にはならない。「正義」を振りかざした人間から、民度が低い、お前たちが悪いと言われ、反発しない人はいないだろう。ウソや詭弁にまみれていても、同じ目線に立っているとの幻想をふりまく自民党にシンパシーを感じているのだ。
繰り返すが、いかに「正義」を標榜しようとも、「私たち」は断然少数派である。「彼ら/彼女ら」に見捨てられたのだ。この現実を見つめ、すべては「私たち」の力不足によるものと認識しなくてはならない。力不足の中には、「彼ら/彼女」らをウソや詭弁にだまされる低い存在として見ていた姿勢も含まれる。
「生活者」には憲法よりその日のメシのほうが大事だ。「私」はまず、このことをしっかりと自分の中で咀嚼したい。その上で、人権が守られない社会では「好きなものを好きなときに食べる」自由すら奪われるということ、政治が憲法の精神を具現化することにより、最低限、文化的な生活が保障されることなどを「彼ら/彼女ら」に伝えたい。決して上から目線になることなく、しかし堂々と自信を持ち、ぶれることなく。(2013/5/10)
〈北村肇の「多角多面」(123〉
同性婚を認める流れが欧米で勢いを増している。いつものごとく、人権面ではことごとく立ち後れの日本は、蚊帳の外状態だ。
去る1月、オバマ米大統領は2期目の就任式で、選挙公約の「同性婚容認」を進める姿勢を色濃く打ち出した。報道によれば、演説の中に以下のような一節があったという。
「わたしたちの旅は、ゲイの兄弟たち、レズビアンの姉妹たちがあらゆる人と平等に扱われて初めて完全なものになる。人間が真に平等につくられているのなら、互いに誓い合う愛も平等でなければならない」
恒例になっている就任演説前の詩を朗読したのは、同性愛を公言している、キューバ系米国人の詩人、リチャード・ブランコ氏だった。また3月には、次期大統領選出馬が囁かれるクリントン前国務長官も、初めて同性婚支持を明言した。
欧州ではどうか。フランスでは12日、上院で同性婚解禁法案を挙手による賛成多数で可決した。本誌既報の通り、国民議会(下院)は2月に可決したが、カトリック強硬派、極右らの反発デモが続いていたという。すでに、2001年にオランダが同性婚を認める法律を施行、05年にはスペインも続いた。もはやこの滔々たる流れは止められないだろう。
一方、夫婦別姓ですら導入できない不思議な国、日本では、同性婚が大きな話題になることはない。反対理由にあげられるのが憲法24条だ。
「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」
「両性」とあるのだから、「男性と女性の合意」でしか婚姻は成立しないとの判断だ。まるで説得力はない。「両性の合意」とは、あくまでも「婚姻の意思のある二人」ということだ。一方の強制でなされることを禁じているのであって、同性婚を妨げる趣旨ではない。
自民党議員の大半はかねてから、個人の権利より家族の絆が大切という理屈にならない理屈で夫婦別姓に反対している。同党の憲法草案は基本的人権をないがしろにしている。ジェンダーバッシングで悪名高い高橋史朗明星大教授が男女共同参画会議議員に任命された。この国は100年遅れている。(2013/4/26)
〈北村肇の「多角多面」(122)〉
久しぶりに新入社員が入った。男性2人、女性1人。やはり雰囲気が変わる。初々しい緊張感は、古狸が狐の面を被ったような私にも伝わり、心地よい。
若い人には毎度、同じことを話す。
「とにかく失敗してください。たくさん考え、たくさん動き回れば必ず失敗します。でも、そのうち必ず成功することが増えます。失敗を恐れて何もしなければ成功はやってこない。絶対に萎縮しないでください。ただし、同じ失敗を3回繰り返したら見捨てます」
10回失敗して1回成功するのと、失敗も成功もゼロではどちらの評価が高いのか。言うまでもなく前者だ。しかし、どうもそうではないと考えている人もいるらしい。後者の点数はゼロだが前者はマイナス9という発想だ。こういうタイプを私は、算数はできるが哲学のわからない愚者と呼ぶ。
40年近い社会人生活を振り返り、一つの真実に行き当たる。挫折を知らない人間は頭打ちになる――。時折、人並み外れて「お利口」な若者がいる。危機回避能力が高いという点での賢さだ。表面的な対処能力には優れているので、巧みにリスクを避けることができる。当然、失敗の経験がほとんどない。
このタイプは上司にとっても使い勝手がいい。要領よく立ち回る能力があるからだ。しかし、ほとんどの場合、彼ら/彼女らが期待通りに成長することはない。当たり前と言えば当たり前。成功は失敗の積み重ねから生まれる。そこに突っ込まず頭で考えている限り、骨太の「仕事人」になれるはずもない。
ただ、本当に反省すべきは若者ではない。部下の失敗を極度に恐れる管理職こそ諸悪の根源だ。上ばかり見ている管理職は、自分の評価を高めることに腐心し、ひたすらリスク回避に走る。だから、問題を起こす部下は許さない。
懐の深さが消失した社会と言われる。失敗を受け入れない社会が健全であるはずはない。ミスを笑ってすますのは「甘やかす」ことではない。むしろ、多大な期待の裏返しだ。「自分で乗り越えなさい、ここで見守っているから」といっているわけだから。
ちなみに、これまで「見捨てた」部下はいない。(2013/4/19)
『週刊金曜日』2013年5月24日号掲載の俳句を募集しています。
【兼題】「みどりの日」「菖蒲湯」(雑詠は募集しません)
【締切】 2013年4月30日(火)必着
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〈北村肇の「多角多面」(121〉
パチンコをしている生活保護者を見かけた市民は通報しなくてはならない。おぞましい限りの条例が兵庫県小野市でつくられた。監視社会ここに極まれりといったところだ。同時に「罪とは何か」についても頭をめぐらせた。
ケン・ローチ監督の「天使の分け前」を観た(一般公開は4月13日予定)。今回はコメディータッチの作品だ。ワルだけど憎めない4人組が一世一代の盗みをはたらく。その行為自体は「罪」だが、不幸になる被害者は一人も存在せず、逆に何人もが幸福になる。これ以上のストーリー紹介は無粋になるのでやめよう。
前作の「ルート・アイリッシュ」はイラク戦争の戦争請負企業・戦士に焦点を当てたものだ。権力の罪が個人の罪を誘発する悲劇を描いた作品は重厚に仕上がっていた。ケン・ローチ監督は意識的に二つの作品を続けて撮ったのだろう。
形式的には罪でも実質的には罪ではない。実質的には罪でも形式的には罪とされない。この矛盾が社会の隅々にまで紙魚のようにへばりついている。社会派として広く認知された監督のメッセージ、それは「罪とは何かを考えよう」であったように思う。
生活保護を受けている人が息抜きにパチンコをするのが罪なら、その被害者はどこに存在するのか。仮に、税金の無駄遣いで納税者が被害者というのなら、比較にならないほどの無駄遣いをいくらでも例示することができる。
かつて何人かの生活保護者に取材した。彼/彼女に共通していたのは「罪の意識」だ。そんなことはないと記者の私が強調したところで、それは心に響くものではない。どうしたって高見からのきれいごと発言でしかないからだ。
さまざまな事情で働きたくても働けない。そんなとき、税金から支援を受けるのは当然の権利である。しかし、実際に保護を受ける立場の人にとり、それは屈辱であったり罪であったりする。この柔らかで傷つきやすい心に塩を塗る、そんな行為こそが確実に不幸な被害者を生む罪であろう。
本当に断罪すべき罪は、生活保護者を生んでいる社会そのものにある。さらに言えば、憲法25条を具現化できない統治権力者こそ真の罪人だ。そして絶えず心に留めておこう。弱者に弱者批判をさせるのが、いつの時代も彼らの手口であることを。(2013/4/12)
「櫂未知子の金曜俳句」投句一覧です。
選句結果と選評は『週刊金曜日』4月26日号に掲載します。
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(当季雑詠は募集しておりませんが、ここにまとめて掲載します。またいつもは兼題ごとに分けて掲載しますが、時刻による桜の読みわけが課題ですので全句を掲載します)
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