編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

大事なもの

 初冬のきらきらする日差しのなか、庭にある遊具の上にマットを敷き、お弁当を広げる生徒と先生。ちょっと早めのお昼に間に合うように、2人で黙々と準備をしていた。

 縁があって知人と私立の特別支援学校を訪ねた。「ちょうど子どもたちは先生と一緒に買い物に行っています」と校長先生。都会のど真ん中にある校舎は驚くほど静かで、残った子どもたちが思い思いの遊びをしていた。小学部とともに幼稚部もあるので待機児童が多かろうと尋ねたところ、生徒が減り経営的に厳しいという。応募倍率が極めて高い幼稚園と同じ理念・手法で営まれているはずなのだが。

 最近は親のニーズに応えてくれる学校が好まれる。サービスを提供するという経営的な視点はたしかにこの学校にはない。だが、子ども1人ひとりが主人公という理念が端々に感じられる。たぶん私たちが生きていくうえで大事なものが、この学校では大切にされている。玄関に賑やかな声が響いた。買い物から子どもたちが戻ってきたようだ。

トランプ・ショック

 トランプ・ショックについて考えようとするとき、思い浮かぶ歌がある。ブルース・スプリングスティーンが1980年にリリースした『ザ・リバー』だ。高校で恋愛関係になったメアリという女性とよく泳ぎに行った川を懐かしむ、今は若くはない男の歌だ。

 そこに登場する男は子どももできて19歳の誕生日には労働組合員証と結婚式に着る上着を手に入れる。男の未来は前途洋々に見えるが、月日は経ち、就職したジョーンズタウン建設会社は不況で仕事はなく、川は干上がってしまう。

 ブルースはクリントン支持を表明していた。しかし生産性はあがっても労働者階級の賃金がこの40年以上あがることがなかったという米国の現実を考えると、この歌に共感する人たちと、今回のトランプ支持者が重なって見える。

 労働者たちの苦しい現実が、なぜこれまで前面に出てこなかったのか。では、翻ってこの日本では……。就職試験に臨むための上着の1着も持てぬ若者の現実が、やはり見過ごされている。

いいようのない気持ち

 作家の目取真俊さんが、高江のヘリパッド建設予定地で差別発言をした大阪府警の機動隊員によって、「蹴る」「殴る」という文字通りの暴力を受けていたことを『沖縄タイムス+プラス』(11月3日配信)で読んだ。いいようのない気持ちだ。個人の問題というより、警察組織、国家としての問題ではないのか。強大な力を持つ警察が市民を挑発し襲いかかる図は心底恐ろしい。緊急に特集を組んだ。

 もちろん大阪府警や警察に関わる人たちすべてを断罪する意図はない。沖縄にルーツを持つ機動隊員は大阪府警に少なくないというが、そのなかにはまっとうな感覚を持つ人もいるだろう。この問題にもっとも怒っているのはそういう内部の人ではないか。大阪府警の取材経験が豊富な記者は、そう語った。

 もうひとつ、今週は時代を牽引する演劇人のインタビューがお薦めだ。公演の場所・期間が限定的な演劇は、映画と違い小誌ではなかなか取り上げにくい。この機会にその醍醐味を堪能いただきたい。

編集長が代わりました

 今週号から編集長を務めさせていただくことになった。憲法改悪がいよいよ現実味を帯び、市民の暮らしや権利が危機に瀕しているこの時期に、「私でいいの?」と自問。

 だが、創刊23周年を迎えたこの雑誌の包容力を信じて迷いを捨てることにした。読者と共に歩んできたこの雑誌の来し方に思いをはせれば、自ずと見えてくるものがある。この社会に埋もれている〝声なき声〟を常に感じとりながら、ジャーナリズムの使命を果たしていければ、と思う。
 佐高信編集委員がいう「バカな大将 敵より怖い」ではしゃれにならないので、なにより心がけるべきことは、感度の鋭い部員の邪魔をしないことかな、と思ったりする。

 特集のテーマは小池都政。人心を掌握しながら権力を手に入れていく政治家の言動はメディアの格好の的。だが、その道具に使われているのは何か、を常に思い起こしたい。
 なお、平井康嗣前編集長は社内で新事業をスタートさせるべく目下、奮闘中である。いずれご報告する機会もあると思う。