編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

一昔前、「ああいえばジョウユウ」という言葉や「おっかけ」ファンまで生まれてしまった宗教団体の広報がいました

編集長後記

 一昔前、いちいち記者に饒舌に言い返し、その様をテレビがとりあげ「ああいえばジョウユウ」という言葉や「おっかけ」ファンまで生まれてしまった宗教団体の広報がいましたが、昨今の橋下市長を見ていて思い出しました。ともかくメディアが根負けするまで付き合うことで橋下氏は達成感を得ているようですので、メディアは過剰にとりあげなければいいと本当に思います。

 今回、ずるいと感じた手口は理屈や事実関係が怪しくなった途端に「真意」を持ち出してきたことです。編集された事実は「真意」が伝わっていないから誤報だと言い放ちました。五月二七日の外国特派員協会では「真意」とやらを説明し、さらに〈国家の意思として女性を拉致・人身売買したのか〉という問題提起をしました。

 市長は自らの「真意」や国家とやらの「意思」を理解することを私たちに要求してもいますが、これは不毛な主観主義です。以前、石原慎太郎氏を取材した際、次々に論点が飛び時間切れになった渋い経験がありますが、よく似ています。 (平井康嗣)

今週号では、さまざまな筆者が橋下徹大阪市長の「従軍慰安婦」発言について批判を展開している。

編集長後記

 今週号では、予想通り、さまざまな筆者が橋下徹大阪市長の「従軍慰安婦」発言について批判を展開している。懸念すべきは橋下氏が必死に論点をすり替えることによって、この論争が後退しかけていることだ。

 軍隊に売春はつきものだとか卑怯者の石原慎太郎氏がまたぞろ発言していたが、繰り返すが、強制された「慰安婦」がいるのは通説だ。日本軍はインドネシアでオランダ人捕虜に数週間売春させていた。戦後裁判では中国やベトナム、インドネシア、東ティモールでも日本軍が現地の女性に「慰安婦」を強制したことを示す証拠が提出されている(二〇一二年九月一四日号西野瑠美子論文参照)。

 戦争に「慰安婦」は必要だったと語ることは、レイプや売春の強制が戦争には必要だったと歴史的に認めることに等しい。これは政治家がドヤ顔で言うことだろうか。殺人や暴力を前提とする軍隊を肯定するほどに、守るべき人権のハードルが大きく引き下げられる。リーダーたる政治家には“本音”より理想を語る姿を見せてほしい。 (平井康嗣)

陸上自衛隊がサリンなど毒ガスを作っていたことが明らかになった。

編集長後記

 陸上自衛隊がサリンなど毒ガスを作っていたことが明らかになった。軍事ジャーナリストの間では、自衛隊の毒ガス製造は「常識」だそうだが、裏付けされたのは初めてだろう。防毒目的のためには製造をしなければならないと自衛隊関係者も語っているそうだが、ごもっともな論理構成である。それでは、なぜそれを隠し続けてきたのか。

 今、TBSで「空飛ぶ広報室」という小説が原作のドラマが放映されているが、毎回うんざりする。恐ろしくなる。五月一二日放映回では地対空ミサイルPAC3の配備訓練を紹介し、主演の綾野剛に最後の砦だと垂れ流させていた。PAC3は三二基足らずで、まともな迎撃体制を構築しようとすれば防衛予算が青天井になる代物。「電波を飛ばす不動産屋」と自嘲したTBS社員はいたが、今や「電波を飛ばす自衛隊広報会社」である。

 自衛隊に限らず組織とは知らせたいものは広報するが、知られたくないものは広報などしないのが常だ。両者には今回のサリン製造もぜひ広報してほしい。 (平井康嗣)

船田元・自民党憲法改正推進本部長代行が、改憲草案中の「公の秩序」や「公益」の意味について語っていた。

編集長後記

 朝のテレビ番組で、船田元・自民党憲法改正推進本部長代行が、改憲草案中の「公の秩序」や「公益」の意味について語っていた。たとえば、土地の所有者が抵抗して道路がつくれない場合には公の利益のため、土地という私有財産を簡単に没収できるようにしたいという話だった。
 大部分が完成した東京外環道路も、地上げに難航し建設は大幅に遅れた(と政府は考えているだろう)。三〇年ほど前、私が小学生だった頃の千葉県市川市では学級全員の親が建設反対の署名をしていた。しかし今、地元での抵抗は少数だ。国の公共事業はそうして個人を克服してきた。

 経済学者の岩井克人は資本主義経済では自由主義や個人主義よりも「私有財産制」が重要だと『資本主義から市民主義へ』で指摘していた。人はまず自分の体を所有していなければ自己決定ができない、始まらない、からだという。つまり、自民改憲案では(無自覚だろうが)、国民の体も公益のためには差し出させる企図も法体系に含んでしまったといえるのだ。 (平井康嗣)