編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

さらに読みやすく

 先週号から目次を2頁にしました。詰め込みすぎとのご批判をいただくことが多いので、読みやすさ、見やすさを優先して写真も入れてゆったりと組んでみました。昨秋から本誌の特集は文字を大きくしましたが、一般記事はまだ変更をしておりません。一般記事も、文字の大きさや頁当たりの分量など変更をかけていく予定です。

 記事の中身についても「読みにくい」というご批判をいただきました。硬いテーマは、インタビュアーを立てるなどして話言葉で整理し直したり、グラフや表を入れるなどして理解を補えるよう工夫を心がけてはおります。しかし、まだまだ努力が足りないようです。読者の方からのご指摘は社内で共有しておりますので、具体的な解決案を誌面で示していくつもりです。

 今週号の表紙となっている弁護士の亀石倫子さんは、小誌とは人権課題について考え方が違う部分もありますが、これまでの活動に注目して登場いただきました。今後も、是々非々で議論していきたいと思います。

改元の政治利用

 今週号は合併号明けで10連休を挟み、しかも作業日が1日少ない。そんななかで迎えた今日の校了日。編集部はいつにもまして慌ただしい。独自の印刷所をもっているわけではなく、世界は動いているのにその動きをほとんど反映できないもどかしさを抱く。

 10連休が終わってみると、改元の政治利用ばかりが印象に残った。メディアはそれを批判するどころか、便乗するだけでうんざり。そんななか、『沖縄タイムス』が5月1日~3日付けで載せた批判的論考に目がとまった。目取真俊、新川明、川満信一各氏による「代替わりを問う 天皇制と沖縄」。掘り下げるべき論点が明快で、メディアに関わるものとして身が引き締まる思いがした。

 この夏の参院選挙は、衆参同時選挙も囁かれている。選挙に向けたこの間の自民党による雰囲気づくりは、一定程度成功したのかもしれない。後半国会の野党の論戦とメディアの政権チェックが重要になる。本誌もそのことを肝に銘じ、今日からの誌面作りにあたりたい。

17歳最後の贈り物

 衆院沖縄3区補選で屋良朝博さんが島尻安伊子さんを破り初当選を果たした。本誌でも執筆いただいたことがある屋良さん。その抜群の調査能力に期待したい。同じく大阪12区では、共産党を離れて宮本岳志さんが捨て身の出馬をしたが、及ばずだった。結果を受けて挨拶した宮本さんのすがすがしいこと。ボランティアが全国から1000人集まったというのも頷ける。これは終わりではなく、何かの始まりに違いない。宮本さんの1日も早い国政復帰を願う。

 投票日、外に出がけに手紙入れから入場券をとったら、17歳の子どもあてにも来ている。「えーっ、ホント?」。驚きつつも本人はまんざらでもない様子。予定がなかったはずなのに意中の人はすでにあって、迷いなく投票をした。

 子どもの誕生日は翌日。選管に確認したが、民法上は1日前に誕生日を迎えることになっているから、なのですね。「17歳最後の贈り物」となったが、本人は何と理解しているのだろう。学校でいい加減なことを言ってなきゃいいけど。

統一地方選

 週末、実家に戻った。統一地方選の真っ最中なのに選挙カーを見かけない。実家のある中心街は住んでいる人も少なく、効率が悪いせいか。周りにある建物は取り壊され、高齢の住人は次々といなくなってしまった。

 実家は父がこの春亡くなり母だけとなってしまった。これまでは期日前投票であれば近くの公民館が利用できるということで、杖をつきながら天気のいい日に2人で投票に出かけたものだった。

 だが、母に聞くと今回の選挙には行かなかったという。選挙公約がみあたらず、「だれにいれたらいいか、わからんさ」という。新聞を一紙に絞ったが、公約がないとは腑に落ちない。「チラシが入ってくるから見てね」と奨める。

 東京に戻ったら、知り合いの個人店主から〈妻が区議会議員に立つことになったのでよろしく〉との手紙が届いていた。消費税率引き上げについて意見を聞こうと思っていたが、忙しくてそれどころではないだろう。子育て支援や教育の充実? 政策はなかなかよさそうだ。

新しくスタート

 昨日の雨があがり、今朝は気持ちのよい青空が覗く。地域の学校の前に「入学式」の看板が立つ。通勤途上、すれ違う中学生の表情が眩しい。

 弊誌は4月から新編集委員を迎えたが、読者の方々から早速、激励や感想を戴いた。「崔善愛さんには詩作の内容も含め、全面的に賛同いたします」(埼玉県のUさん)、「想田さんのドキュメンタリー映画の大ファンです。……SNSでの過激な発言とは正反対の実像、ユーモラスで暖かい人間性、にも惹かれています」(大阪府Nさん)……。

 前編集委員の石坂啓さんの原画プレゼントに際しては、多数の感想やご意見も頂戴している。石坂さんはもちろんのこと、全社員で共有させていただく。弊誌変革のヒントが詰まっているように思う。

 社内では有休取得希望日を書き込む用紙が配られた。労働基準法改正に伴い、年10日以上の有休のある労働者に年5日時季指定で取得させることが、企業に義務づけられたからだ。まずは自分の足下から。やばっ、提出期限、過ぎてしまった。

井上明久氏の不正疑惑

 井上明久東北大学元総長の論文不正疑惑について今週号アンテナで三宅勝久氏が報じている。1997~2000年にかけて井上氏が発表した論文3本について、日本金属学会欧文誌編集委員会は「科学的に不適切な過失」があるとして撤回したというのだ。

「ようやく」というのが率直な感想だ。2013年と15年、本誌で井上氏の疑惑を指摘する連載を掲載してきたからだ。大学トップにいた氏の不正を大学に告発をした勇気ある教員の方々を思い出す。

 連載にもあったが、大学当局は彼らの賞与の査定を下げ、退職後の名誉教授の称号授与を保留にし、理由なく退職金の返納を要求するということまでやってのけた。

 巨額のプロジェクトをぶち上げ、そこに公的資金がつぎ込まれる。そのカネでスタッフを雇い、一気に研究を進める。だからといって、必ずしもそれ相当の結果が出るわけではないだろう。井上氏が研究した金属ガラスが、まさにその例だったのではないか。

 今後の展開を注視したい。

奨学金問題

 今週号の特集は奨学金だ。私もかつての日本育英資金と東京都育英資金から奨学金を借りた。何年か前に返済を終えてほっとしたことを覚えている。だが、いまの学生のたいへんさをみていると、当時の自分の比ではないように感じてしまうのはなぜだろう。

 子ども世代ということもあるかもしれない。それに学費が払えず休学してカネを稼いで復学する予定の学生の話をふつうに聞く。この春休みも、最低賃金が低く仕事の選択肢が少ない地方から、東京に“出稼ぎ”+就活パックが斡旋されているとも。

 ブラックバイトと奨学金の問題がセットになっていることも、かつてはなかったこと。もっとも、人気の研究室ではバイト禁止を暗黙の条件として課すと聞く。

 安倍晋三首相が「高等教育の無償化」という言葉を看板事業として掲げるのを聞くと、いらっとしてしまう。一部の人たちを対象にするのと、いずれの若者にも高等教育まで受ける権利を保障するのとでは、理念も経費もまったく違うからだ。

すべては五輪のため!?

 怒りを通り越して怖くなる。今週号の野池元基氏が明らかにした福島県伊達市の「心の除染」事業だ。

 伊達市は、東電福島第一原発事故後、個人の被曝線量を測定するために全市民にガラスバッジを配布し、計測されたデータを、本人の同意を得ずに早野龍五氏らの研究チームに提供していたこと、さらに早野氏らが書いた論文が被曝線量を低く算出していたことが問題になっている。

 その伊達市が2014年、「低線量地域詳細モニタリング事業」を広告代理店の電通に委託していたのだ。「物理的に土を取る除染作業は一巡したので、どんな不安があるのか市民アンケートをとり、不安解消のために戸別訪問をするなどして対応した」もの。実際の対応はパソナの派遣社員がマニュアルに沿って行なっていたという。詳しくは野池氏の記事を読んでほしい。

 結果として被曝線量を過小評価し、住民の不安を根拠なきものとする。そして事故を解決済みと印象づける。すべては東京五輪のために。穿った見方だろうか。

記録を残す意義

 今週号の「父が目撃した秋風事件」は、昨秋の読者交流会で知り合った永井元さんの仲介によるものだ。永井さんは、歴史、医療、文化などの方面で造詣が深く、個人的にも貴重な歴史資料をお持ちだ。そのことをホームページに書かれたところ、連絡をされたのが岡山正規さんだった。

 岡山さんの父親、故政男さんは復員後、戦争を憎み、平和を何よりも大切に考えられていたという。犠牲となった宣教師の故郷で毎年3月、追悼礼拝が行なわれていたことを政男さんがもし知ったなら、どう思われただろう。

「神言修道会」の報告によると、当時、豪州は日本軍が迫っていることを知り、宣教師らに豪州への退去を促したが、彼らは危険を承知で信者のために残る道を選んだという。

 岡山さんは父親の軍隊の記録がないと話しておられる。実はこの8日に亡くなった私の父も徴兵をされたが、入隊を示す正式な記録を私はみたことがない。こうやって記録を残すことの意義を、個人的な感傷とともにしみじみと感ずる。

杜の住民

 昨年、その人の姿を何百人もいるホールの中で見かけた。専門分野では世界的な権威。市民に呼ばれればシンポにも出て行くし、多忙な時間を縫って本誌の取材にもこたえてくれた。良心的な学者だ。

 走り寄って取材のお礼もそこそこに切り出した。〈そういえば、東電刑事裁判で証人として出廷されたのですね〉

 その人は驚いたように私の顔を見た。そして証言した内容から裏切られたという厳しい反応があったことを率直に話してくれた。〈でも〉、と言う。〈当時はわかっていなかったことがあるんですよ〉

 裁判では予測可能性や対策の有無が争点になる。だが、その前提として、〈歴史や時代の当事者〉としての責任を私たちがどこまで自覚できているかが問われるべきだ。

 東電福島第一原発事故で生活が一変しながらも、三春町に暮らし、福島原発告訴団長などを務める武藤類子さんのロングインタビューを今週号で掲載している。その武藤さんの〈森の住人〉としてのことばを読み、そんなことを感じた。