編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

イラク戦争をめぐる「許せない人々」への怒りを呼び覚まそう

 ざわついたセルフサービスのコーヒー店で、ブレンドにミルクを入れ、茶と白の幾何学模様をぼんやりながめながら、さっきから気になっていたことに意識を集めた。私は何かとても重要なものを置き忘れてきたのだ。それは何だったのか。開戦から5年、イラク戦争の企画を検討しているとき、ふいに襲ってきた。

 いくつかのことを手帳にメモした。「自己責任論」「ブッシュと日本政府のウソ」「逃げ通した小泉元首相の大罪」「ネオコンと巨大資本の利権」。これらすべてのことが徹底的に追及されることなく、イラクではいまも日々、多くの市民が命を失い、日本では、新自由主義が当たり前のように跋扈し、小泉氏は永田町に影響力を持ち続け、米軍再編に巨額の血税が注がれ、米国属国化は進む。

 そう、何もかもが曖昧なまま「過去のこと」になり、一方で、それらがもたらした悪質なウイルスが社会に蔓延しているのだ。

 なぜ米国はイラクに侵略し、日本政府は加担したのか。「イラクは核兵器や生物兵器をもっている」「フセイン大統領はアルカイダと関係があり、世界で起きているテロ事件の黒幕の一人だ」。今となってはだれ一人として信じない歴史的デマに、多くの日本人も踊らされた。しかも、「対テロ」のためなら何をしてもいいんだという雰囲気だけは、いまだに色濃く残っており褪せることはない。

 高遠菜穂子さんらがイラクで拉致されたとき、日本政府は「自己責任論」をふりまいた。その後の経緯をみれば、与党も政府も単に「米国の方針に従わない日本人はバッシングしなくては」という奴隷根性をみせただけのことである。が、「自己責任論」が右派言論を勢いづかし、結果として安倍晋三政権を誕生させたのは間違いない。

「自衛隊のいくところが非戦闘地域」などと妄言を吐いた小泉氏は、どんなにウソをついても開き直れば構わないという発想をこの国に根付かせた。「米国の軍隊は日本を守る」という最大限のデマすら平気でまかり通るのが現状だ。

 コーヒーに一滴のミルクが落ちたとき、その波紋は印象深い。だがいつしか混ざり合ってしまえば、残るのはくすんだ色のコーヒーだけだ。デマもウソも、社会に溶け込むと、姿を見失いがちになる。だからこそ目をこらさなくてはならないのに、置き忘れたままにしていないか。何よりも、あの怒りを。 (北村肇)