編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

社会を覆う「腐れ魂」の饐えた匂い。「人間らしさ」を失った永田町の権力者と、エセジャーナリストがもたらす。

 この饐えた匂いは何かと、連休中、頭をめぐらせてみた。いや実は解答は初めからわかっていたのだ。ただ、思い込みで判断を狂わせてはならないので、じっくりと再確認してみたかった

 やはり結論は変わらなかった。すべては「腐れ魂」がもたらすものであると。

「イラク派兵」「憲法改正」と得意げにわめきちらす国会議員。その顔には共通の特徴がある。「人間らしさ」を感じないのだ。テレビ画面でも写真でも、じっと見ていると背筋が冷たくなる。異星人のようで怖い。何をされるかわからない恐怖だ。

 価値観や人生観の違いは誰にでもある。だがそういうレベルではない。すべての人間には同等に生きる権利があるという、ごくごく基本的なことを意識的に拒否している、それが顔に出ているのだ。人への慈愛がまったく欠如している。まるで、人間としての魂が腐っているかのごとくに。

 でなければ、日々、無辜の民が生命を奪われているのに、「テロに屈しない」「人道支援」などお題目を唱えるだけで、平然としていられるはずがない。侵略戦争も、人の生命を基盤に据えていない者にとっては、一つの“ゲーム”にすぎないのではないか。

 イラクで誘拐され解放された人たちをバッシングするマスコミ人もまた、そういえば“ゲーム”に熱中するタイプが多い。特ダネ競争という“ゲーム”に勝つためには人権侵害も平気、という連中だ。私もかつてはその一員だっただけに、よくわかる。おうおうにして、特権階級にあぐらをかき、弱者を見下ろすようなヤツが勝ち残る。そして、そうした輩が権力にすり寄ると、魂が腐り始める。

 永田町の権力者とジャーナリズム精神を失ったメディアが手を結んだとき、社会は健全な魂を失う。 

 五月。都心とはいえ、ちょっとした脇道に入ると、まだジャスミンの香りなどが鼻腔をくすぐる。饐えきった匂いを忘れる、一瞬の快楽にすぎないが。(北村肇)