編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

防衛省の情報活動

『熊本日日新聞』が7月23日朝刊一面トップで特報しました。陸上自衛隊中央情報隊の現地情報隊が、愛国心や対自衛隊感情などの思想信条や個人情報を明確な法的根拠がないまま国内で収集活動している実態を暴いた調査報道です。

 防衛省の情報活動をめぐっては、『毎日新聞』が2002年に情報公開請求者をリスト化して管理していた事実を明らかにし、翌年には自衛官募集のため自治体から個人情報の提供を受けていた実態を報じました。07年、共産党は陸自情報保全隊が作成したという自衛隊のイラク派遣に反対する市民団体らを調査した内部文書を公表しました。

 25日閉会の国会では国家情報会議設置法や国旗損壊罪法が成立し、今秋以降はスパイ防止法案が控えます。地方の首長選で苦戦が目立つ高市早苗政権ですが、有権者の「振り子」(白鳥浩氏、14頁)で暴走が止まる前までに戦後社会が築いた平和と人権が壊れてしまう勢いです。(臺宏士)

内心の自由

 国家が個人の内心の自由に露骨に踏み込む時代がやってきます。7月17日、国旗損壊罪法が参院本会議で成立しました。高市早苗首相が掲げた「国論を二分する政策」は国家情報局設置法や再審法、皇室典範、個人情報保護法の改正に加え、殺傷武器の輸出解禁など多分野に及びます。高市首相は世論の分断を意図しているようにも見えます。

 マスメディアも二分状態です。特定秘密保護法、安全保障関連法など在京紙の社説が割れた政策は政府・与党の有利に働きやすい傾向があります。国旗損壊罪では同日付『東京新聞』が「市民の自由脅かす悪法」と批判し、『朝日新聞』『毎日新聞』も同様の論調です。一方、『読売新聞』は「罰則を設けるのは妥当」(6月19日付)と評価し、『産経新聞』も支持する立場です。 

 本号では敗戦81年として映画で戦争と平和を考える特集を組みました。「参戦」が二分する政策とならぬよう願いを込めました。(臺宏士)

令状不要の行政傍受

 JNNが実施した世論調査(7月4日〜5日)によると、高市早苗内閣の支持率は65・9%。高市首相が自民党大会で改憲を表明した4月は71・5%で5・6ポイント減とは言え、皇室典範改正案を含む悪法のごり押し国会を考えると、6割を超える高い支持率にため息が出ます。

 時事通信が7月9日、「『令状なし傍受』自民提言へ スパイ防止法制定で焦点」という独自記事を配信しました。世論の反対を押し切って成立した犯罪捜査が対象の盗聴法(通信傍受法)は令状を必要としていますが、「行政傍受」といって安全保障名目に不要にしようというのです。

 同月10日の国会前デモには「めちゃくちゃな政治」に抗議する2万7000人が参加。石破茂前首相は党幹事長だった2013年、特定秘密保護法案に反対するデモを「テロ行為と変わらない」と表現し、非難を受けました。行政傍受の対象は日本人も例外ではありません。(臺宏士)

放送法と個人情報保護法

 法律の解釈を巡り、政府の国会答弁が信用できない典型例の一つが、放送法4条にある政治的公平です。戦前の放送は「政府之ヲ管掌ス」と規定され戦争の道具にまでなった反省から、戦後は「放送による表現の自由の確保」に180度変わりました。政府も政治的公平を根拠に放送局を処分できるかどうかについて、「検閲、監督等は一切行なわない」(1950年)などと法案審議で否定します。

 砂川浩慶氏が本号アンテナ欄で指摘したように条文は同じなのに高市早苗氏が政治的公平違反を繰り返した場合の電波停止に言及するなど法解釈はいまでは正反対です。

 個人情報保護法でも同じことが起こり得ます。制定時、義務規定は報道や政治目的などでの適用を明文で除外し、誰もが対象となる努力規定は削除。一方、参院審議中の罰則新設案の歯止めは個人情報保護委員会事務局長の答弁のみ。四半世紀後の狡猾な後出しジャンケンです。(臺宏士)

国旗損壊処罰法案

 国旗損壊処罰法案が6月26日の衆院内閣委員会で可決されました。与党に加え国民民主、参政、チームみらいの賛成多数。高市早苗首相は「国論を二分する政策」をまた一つ押し切ろうとしています。

 前日、桐野夏生・日本ペンクラブ会長は記者会見し、「アーティストの中にあの旗を使っていろんな表現をなさる方もいらっしゃるでしょう。壊滅とは言わないですけれどもこの国の何か姿が変わってしまうのではないかという危機感を持っている」と反対を表明していました。

 本誌6月12日号に寄稿した園田寿氏も27日、「多数派の不快感を大義名分として市民から表現の自由を奪い、愛国心を強要する窮屈な社会への入り口」と改めて批判。「古くなって捨てたら損壊になるのか」(桐野氏)、「もう、うかつに日の丸を触れない」(園田氏)とも。「日の丸自警団」が「不快だ」と刑事告発するような世の中であってほしくありません。(臺宏士)