編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

ウクライナ侵攻1年

 昨年ロシアがウクライナに侵攻してから、2月24日でちょうど1年が過ぎた。当初は停戦交渉の動きもあったが、もはやここまで来ると、戦争の終わりは見通せない。ウクライナのゼレンスキー大統領に至っては、米欧諸国を回り武器の提供を求めている。この1年間で、ロシアとウクライナの兵士、ウクライナの民間人にはおびただしい犠牲者が出た。隣国ポーランドにもミサイルが落ち、死者が出た。多くのウクライナ人が祖国を離れ、外国での生活を余儀なくされている。どれほど多くの人々に被害が及んでいるのか。改めて戦争の愚かさを噛みしめる。 

 今週号では「ウクライナ戦争」を特集した。現地で取材を続ける写真家・尾崎孝史さんのルポをはじめ、遠藤乾・東京大学大学院教授、我部政明・琉球大学名誉教授、駒木明義・『朝日新聞』論説委員に寄稿していただいた。

 今月から「きんようカレンダー」と題して、前月の出来事と来月の予定を掲載する。資料として活用していただけると幸いです。(文聖姫)

トルコ・シリア大地震

トルコとシリアを襲った大地震による死者が12日、3万3000人を超えた。行方不明者がいることやアサド政権と反体制派の間で内戦が続くシリアからの情報が伝わりにくいことを考えると、死者はさらに増えることが予想される。高層マンションなどやビルが無残に崩れた様子など、テレビが伝える映像を見るだけでも、現地の深刻さが伝わってくる。そんな中、懸命な救助活動で瓦礫の下から助け出された人々の姿を見ると、少しホッとする。だが、現地は零下4度になることもあるそうだ。帰る家を失った人々の精神的・物資的ダメージは大きい。今後のケアが必要なのは言うまでもない。

 それにしても、トルコの被災地の状況は刻々と伝わってくるのに比べ、内戦が続くシリアからの情報がなかなか伝わってこないことが気になる。報道などを見ると、特に反体制派の支配地域の情報は入りづらいようだ。当然のことだが、被災した人々は誰もが平等に扱われなければいけない。シリアの人々への人道支援も不可欠だ。(文聖姫)

母への宿題

 日韓学生フォーラムが開催される沖縄を訪れたことは、先週号の本欄で書いた。実は今回沖縄に行きたいと思ったのには、もう一つ理由があった。「平和の礎」をこの目で確かめたかったからだ。平和の礎には、沖縄戦などで犠牲となった約24万人の名前が、国籍や軍人・民間人を問わず刻まれている。沖縄戦終結50周年の1995年6月23日に除幕された。朝鮮半島出身者の名前を記したコーナーは、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と韓国に分かれている。実はこの北朝鮮の名簿を整理したのが、私の母である。

 母の金玲希は朝鮮総聯傘下の朝鮮人強制連行真相調査団に在籍していたことがある。その際、沖縄戦犠牲者の北朝鮮出身者名簿の整理に携わったと、本人から聞いた。立派な仕事をしたのだと誇りに思った。本人も沖縄に行った際、「今平和の礎」というメッセージとともに、携帯で写真を送ってきた。2007年に母が逝き、平和の礎を訪ねることが宿題のようになっていた。それをやっと果たすことができた。(文聖姫)

成田のベンチ

 この原稿を朝の6時半から、成田国際空港で書いている。昨晩から今朝まで、空港のベンチで一泊した。ジャーナリストを目指す日韓学生フォーラムに参加するため、沖縄に行くからだ。格安航空券だから成田空港になったのだが、東京郊外の我が家から未明に出発しても間に合わない。最初は年齢も考えて空港近くのホテルに泊まろうかとも思ったが、節約と経験も兼ねて空港を選択。待合室でゲラチェックなど少し仕事をして、「ベンチベッド」に移動したのは午前0時半頃だ。

 成田空港第一ターミナルでは、安全を考慮して1階のみでの滞在が許されている。椅子の数は限られており、柔らかいソファはすでに占領されていた。仕方なくベンチで寝たのだが、これが固い。しかも寒い。夜中に何度も起きた。面白いもので、夜中の1時ぐらいになると消灯され、朝の5時ごろには一斉に電気がついた。ベンチベッドの“仲間”は若者と外国人が多かった。貴重な経験だったが、60歳を過ぎた身には少しこたえるな(苦笑)。(文聖姫)