編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

バブルを煽ろうとしているのは誰なのか

編集長後記

「アベノミクス」だと、バブルを煽ろうとしているのは誰なのか。今それをよく見ておく絶好の歴史的機会だ。バブルは人気と空気だ。メディアや代理店はスポンサー企業のため、ここぞとばかりに連日、消費や投機に手を出すよう世間の焦燥感を煽っている。必死さを裏に隠す詐欺師のような明るさにはウンザリする。
企業や若者が集中する超都心ならともかく、その他の地域では地価が上がる理由も乏しい。少子高齢化で二〇三〇年には六五歳以上が三人に一人になると推計される日本ではもはや住宅は過剰だ。

私は民主党の子ども手当を「財源がない」としつこく批判して潰した自民党議員を忘れないだろう。子どもは宝だ。もちろん人こそ国力という意味ではない。震災地取材での「子どもの声が聞こえるようにならないともとにはもどらない」という言葉が耳に残っている。子どもがいる町には、親がいる。学校がある。友達がいる。そういうことである。なにを豊かさの物差しにするかだが、それは少なくとも株価や地価ではない。 (平井康嗣)

人種差別は人殺しの準備である。

編集長後記

 人種差別は人殺しの準備である。在日コリアン、コリアンなどへの人種差別を扇動し続ける在特会らグループへの抗議の声が強まってきているが、当然である。差別は憎悪の感情を駆り立て、手前勝手な敵意を正義へと捏造する。差別相手を対等な人間と見なくてよいことを正当化する。実際に在特会らの示威行動では「殺せ」などの声が出始めている。差別意識がそうとう悪化してきた表れである。

 イラク帰還兵を取材した『冬の兵士』(岩波書店)では、米兵がイラク人を「ハジ」「ターバン頭」と呼び非人間化に努めた証言がある。ナチスにとってのユダヤ人、フツ族にとってのツチ族、米兵にとってのベトナム兵、いずれも敵の非人間化の過程がみつかる。同書での「軍隊は職業ではなく文化です」という証言も恐ろしい。その文化の拡大を進める感性の安倍首相はネット右翼との親和性も高く、警戒する必要がある。が、私たちも「敵」に正義を振りかざすとき、その顔を鏡に映してみなければいけないとあらためて思う。 (平井康嗣)

「憲法は権力を縛るものだ」

編集長後記

「憲法は権力を縛るものだ」ということは最近共通の認識になってきている。ではなぜ憲法は権力を縛るのか。それは古今東西で裏打ちされた共通の信念である「法」(議会でつくられる法ではない)の支配によって、人〈権力者〉による恣意的な統治を排除するためである。

 たとえばイングランドでは国王大権の下に行政と司法が一体化し恣意的な取り締まりを行なった。これに国民の不満は高まり、ついに議会によって廃止される。議会は王の恣意性を排除することで存在価値を高めた。日本国憲法の三権分立、二院制という仕組みは、もともと権力の恣意性を抑制するための仕組みであり「ねじれ」た問題ではない。

 今の日本の政治家が「法」〈憲法〉を無視した恣意的な権力の行使をしているとすれば、それは歴史的な教えにも逆らうものになる。議会が「法」〈憲法〉を安易に変える行為はもっともひどい権力の濫用となる。政治家の暴走を防ぐ最大の枠組みは、やはり今の憲法なのだと、あらためて思う。
(平井康嗣)

今週は原子力発電所の今について特集をしました。

編集長後記

 先週は福島の苦難の現況でしたが、今週はその元凶である原子力発電所の今について特集をしました。一方、本誌音訳版を購読している読者から、原発をめぐる三〇の短歌があるので紹介できないかとメールで提案をいただきました。この欄で一部だけですが紹介させていただきます。

 とおりゃんせとおりゃんせ原子炉護るいと厚き扉を開ければ鳴る『とおりゃんせ』
 原子炉の前に並びて朝毎に我ら「原子力産業の発展に寄与致します」と絶叫す
 次々と番号報告されてくるデモに来たりし人の車の
 秘匿事項多き原発業務にて口止め込みの給与明細
「ここは、人間扱いしてくれるから」 同僚の呟きに混じる東北なまり
 交付金で建てられし公民館なり原発の是非問う選挙の投票所は

 わたしでも歌人の葛藤する真っ直ぐな心情が伝わりました。これらはある結社の「原発暮らし」という受賞作品ですが、ご本人が現職である点を配慮し、結社、名前はあえて伏せました。 (平井康嗣)

東日本大震災から二年が経つ。

編集長後記

 東日本大震災から二年が経つ。そこで、いまも日常に戻れない福島県のひとびとの声を特集した。その原稿の中に、原発の責任を感じていないようすの自民党についての描写があった。さもありなんだ。

二〇一一年の東日本大震災後、私は地元の自民党支部集会にもぐりこんだり、選挙演説なども聴いてきたのだが、原発公害に対する後悔や反省の弁をおよそ聞いたことがない。ともかくやりすごそうという姿勢しか見えなかった。そんな輩でも小選挙区制ではあっけなく当選した。また同党は国家主義的な改憲案を掲げるが、憲法調査会などでも条文を読みもしない姿を思い出すばかりだ。TPPについても大声で参加反対を掲げていたにもかかわらず、首相は交渉参加を表明した。

この無責任さへのメディアの批判はほぼ皆無だ。「歴史」ある自民党が与党になったことで安心してしまった日本人も少なくないのではないか。「法」は言葉がつくる力の塊だ。いともたやすく言葉を足蹴にする政治家がそれを弄び続けることは耐え難いのだが。(平井康嗣)