編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

「強い日本」ではなく「ひ弱でも凛とした日本」がいい

 どこでもかしこでも聞こえてくるのが「このままでは日本はだめになりますよ」という嘆き節。そこには「自虐的でひ弱な”我が国”への叱咤」と「新自由主義に毒された”この国”への危機感」という違った意味が込められる。前者は日清・日露戦争時代の明治回帰を主張し、後者は米国からの自立を求める。

「韓国併合」から百年。当時も今も「韓国を西欧列強の手から守り民主化するにはこれしかなかった」という説が根強くある。明治回帰者が夢見る「強くて正しい日本」。だが、これは、米国が日本を抱きかかえて占領したときの論理と基本構造は同じだ。ベトナム戦争やイラク戦争の主要な理屈も「共産圏や独裁者から守るため」だった。

 どんなきれいごとを並べようと、他国への侵略目的は権益確保以外の何物でもない。正義の占領や正しい併合など存在しようがないのだ。最近の研究によれば、日露戦争はロシア側が仕掛けたとみられる。日本側は政府も元老・山県有朋も開戦には消極的だったようだ。しかし、朝鮮半島を支配下に置きたいという野望は一貫して変わらなかった。その目的を果たすために「満州利権はロシア、朝鮮利権は日本」という外交に出たにすぎない。日清戦争もまた、朝鮮利権が根底にあった。韓国の強制併合は「明治・日本」にとってまさに長年の夢だったのだ。

 だが、「自虐史観」批判を展開する人たちにとっては、植民地政策はまっとうで避けられない政策だったということになるのだろう。だから、日本が米国属国化(植民地化)している現状については反旗を翻さないのかとうがった見方をしたくなる。菅直人首相が韓国併合百年に関する談話を出したことに対し「いつまで謝罪し続けるのか」と怒るなら、なぜ米国に「ヒロシマ・ナガサキを謝れ」と主張しないのか。「我が国」の尊厳を大切に思うなら、大いに矛盾しているのではないか。

 この国で生まれ育ったのだから、「日本」を誇りある国にしたいと考えるのは、保守も革新もなく当然だ。だからこそ私は、軍事力で他国に攻め入るくらいなら、ひ弱でも凛とした国のほうがはるかにましと思うのだ。植民地化に走った過去の歴史を深く反省し、被害者に謝罪するのはその一歩である。何かにつけて優勝劣敗思想にこりかたまる米国に、対等の立場で物を申すのが次の一歩だ。
 
 そして、何よりも、憲法9条、25条の具現化こそが、確かな日本再生につながる。(北村肇)

「老成化」した政治家・辻元清美氏をしばらく凝視したい

 98歳の詩人、柴田トヨさんの作品集『くじけないで』がベストセラーになっている。詩集としては異例のヒットだ。生きることのしんどさは十分、わかっている、でも生きることはすばらしいのよと、無意味な飾りを施さない言葉で、淡々とおだやかに語りかける。しかも、浮世離れすることなく、常に「社会」を真っ直ぐに見据えている。世代を超えて人々の胸をうつのは肯ける。

 歳をとるのも悪くないなと実感したのは50歳を過ぎてからだ。柴田さんの詩に触れ、さらに一歩進んで、歳をとることの幸せを感じるようになった。窓から入る陽の光やそよ風を手ですくいとるなどの芸当は、若いころにはとてもできなかった。確執の対象でしかなかった親に素直になれるのも「老い」のおかげだ。

 本誌今週号で登場願った辻元清美さんに初めて会ったのは20年以上前。若さが全身を覆っていた。土井たか子さんの勧めで政治家になり、根っからの努力家ということもあり、めきめきと頭角を表す。だが、逮捕、議員辞職と奈落の底に。さまざまなデコボコ道を歩んだ末、連立政権では国交省副大臣という要職に就く。インタビューの中で「私は調整型」と幾度も繰り返した。確かに、激動の永田町を生き抜いたいまは、良きにつけ悪しきにつけ老成化したようにみえる。「社民党離脱」も、本人なりにしっかりした計算に基づいての行動なのだろう。

 当然、賛否両論ある。現時点では、私も納得のできないことが多い。社民党の古色蒼然とした労組頼りの体質には違和感がある。しかし、それを打ち破ろうとした土井さんに請われて旧社会党に入ったのではなかったか。辻元さんに対する周辺の期待もそこにあった。野党では現実を動かせないという考え方にも賛同しかねる。政治の役割とは、現実を理想に引き上げることにある。浅薄な現実主義がマイノリティの排除につながりかねないことは、誰よりも辻元さんが知っているはずだ。
 
 とはいっても、彼女を孤軍奮闘の立場に追い込んでしまった責任は多くの人間にある。市民運動的立場で動いていた議員はひとりふたりと社民党を去った。体質を変えようにも、現実を理想に引き上げようにも、一人ではどうしようもない。その苦境を乗り越える絶好の機会が連立政権発足でもあったのだ。
 
 老成化が「命」への感度を高めることにつながるのか、単なる根回し上手にとどまるのか、しばらくは政治家・辻元清美を凝視したい。(北村肇)

唯一の被爆国である日本こそが、唯一の原爆投下国・米国に核廃絶を求めるべきだ

「ヒロシマ・ナガサキ」から6年半後に私は生まれた。身の回りの大人に戦争の恐怖やばからしさをさんざん聞かされた。だが、原爆の悲惨さについては、とんと記憶がない。下町だから東京大空襲の話題が大半を占めたのは仕方がない。とはいえ、地球レベルでは「20世紀最大の出来事」といわれる惨禍が、強い印象をもって語られなかったのは不可思議だ。

 米国の日本占領政策の主要な柱に「加害者すりかえ」があった。戦争を引き起こしたのは暴走した軍部であり、天皇も一般国民も被害者だ。米国はその被害者を一刻も早く救うため原爆投下に踏み切った――。史上最悪の戦争犯罪は意図的に意味を変質させられ、日本はあたかも「解放者」として米国を受け入れたのである。

 こうした事実をみたとき、「ヒロシマ・ナガサキ」は初めから風化させられる運命だったのではないかと考えてしまう。あまりに巨大な事象はその衝撃の大きさにより、かえって現実離れしてしまうということはある。だが、たとえば、首相就任を目前にした鳩山一郎氏が公職追放されたのは、原爆投下に批判的だったからとも言われる。日本統治のため、米国が「ヒロシマ・ナガサキ」の本質から目をそれさせようとしたのは確かだろう。

 オバマ米国大統領のプラハ演説をきっかけに、「核」なき道への希望が高まったようにもみえる。オバマ氏が、米国大統領としては初めて広島・長崎を訪れるのではないかとの声も永田町では出ている。だが、私は楽観的な気持ちにはなれない。いま世界に現存する核兵器は2万3000発。人類を何度か滅ぼすことが可能な数だ。最大の所有国は米国であり、唯一、核兵器を使用した国でもある。もし、世界から核を一掃するなら、まずは米国が実践するしかない。

 さらに言えば、「核」なき道は、最終的に戦争なき道につながるはずだ。しかし、米国はイラクからもアフガニスタンからも撤退せず、オバマ大統領は、アフガニスタンではさらなる軍事力強化を図ろうとしている。はっきり言おう。米国を信用できないのだ。

 日本はいつまで、こうした加害者の「核の傘」に覆われているのか。核なき世界への第一歩は、わずか65年前、現実に原爆を落とされた日本こそが、「核兵器を廃絶せよ」と米国に迫ることである。その権利はあるはずだ。しかし、一方で、対米自立を唱える識者から「日本は自前の核を持つべき」という論調が目立ち始めた。米国と対等関係を結ぶことが核武装に向かったのでは、これ以上の矛盾はない。(北村肇)