編集長コラム「金曜日から」 編集長のコラムを公開しています。

海外派兵を強行した小泉首相の発想は、腕力に頼る若者と同じだ。少しは「人間の安全保障」について考えてみたらどうか

 素敵なお年寄りがいる。心の熟れていることが、そこはかとなく伝わってくる。包容力があり穏やかで、しかしのびやかに靱(つよ)い。「原爆の図」の丸木位里・俊夫妻がそうだった。笑顔を浮かべながら「日の丸の赤は血の色。白は白骨の色」と言い切った俊さんの凄みが、忘れられない。

 翻って、この人はどうだろう。初めて自衛隊を海外派兵させた小泉首相。まだお年寄りとは言えないかもしれないが、足を踏み入れる歳には変わりない。それがどういうわけか、年々、若返っているように見える。昨今は、全身から、猛々しいまでの血流を感じさせるほどだ。だが、包容力も、のびやかさも靱さも感じない。だから、数々の失言も「若気の至り」ですませてしまうのかと、つい考えたくなる。
 
 本人に「若い」と言ったら、喜ぶだろうか。しかし、いま求められているのは「若さ」ではないのだ。多くの体験を積み、人間のいとおしさを知り尽くした「熟人」こそ必要なのである。
 
 20世紀、人類はひたすら進歩と発展を目指してきた。何事も可能と錯覚する、青春時代のようなものだ。結果はどうだったのか。環境破壊、民族紛争など、気がついたら索漠とした現実が横たわっていた。「本当の豊かさとは何か」という問いかけが深い意味をもって、すでに何年たつだろう。
 
 とはいえ、そこは思索する動物。成熟した社会で、いかに人間は生きていくべきか、国家はどうあるべきかという難問に多くの人が取り組んできた。ノーベル経済学賞をとったアマーティア・セン氏らが唱える「人間の安全保障」もその大きな成果だろう。「悪者」を力で押さえつけるのではなく、民衆の不安の要素を取り除くことが重要、という指摘はますます輝きを増している。      
 
 今週号は、“高ぶる”自衛隊を特集した。軍事力で国を守るというのは、腕力に頼る若者の発想だ。成熟した知恵の結晶である「人間の安全保障」とはあまりに、かけ離れている。

 真に「国を守る」「人を守る」とはどういうことか、ゆっくり日向ぼっこでもして考えてみませんか、小泉さん。(北村 肇)