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敗戦60年、「この国のゆくえ」を決める絶好の機会が訪れた

 なんでこんな国になってしまったのかと、いくら慨嘆し、ため息をついたところで、何一つ解決しないし道が拓けるわけでもない。「いつから」「誰のせいで」と歴史を遡ったところで、ほとんど意味がない。60年、じんわりと国民が自ら作り上げた「国家」、それがいまの日本だ。特別な創造主がいたわけではない。
 
 だから、しんどいしややこしい。もし「諸悪の根元」たる人物を特定できるなら、退場を願えばいい。しかし、史上最低の総理大臣ともいえる、米国追従のみの小泉純一郎首相にしても、彼が退陣したところで「第二の小泉」が登場することは十分、ありうる。

 過去の人間、たとえば中曽根康弘元首相の“罪”はかなり大きい。だが、同氏の歴史的評価を下げることで何かが解決するかといえば、それほど単純ではない。戦後日本をとらえるときの、最大のキーパーソンである昭和天皇に関しても同様だ。

 天皇制を維持したのも、小泉氏や中曽根氏に高い支持率を与えたのも国民である。確かに永田町やメディアの責任は大だ。しかし、特定の絶対権力者が力ずくでもたらしたわけではない。

 逆説的な物言いになるが、絶対者がいて、その力をそぐことができるなら、「この国のゆくえ」はかなり違ったものになる。最低限、多くの市民が閉塞感にあえぐような社会を、木漏れ日の差し込む空間に変えることは可能だろう。だが、「こんな国」にしてしまった責任は、軽重はあるものの、すべての国民にあるのだ。

「当事者意識」の問題ととらえることもできよう。戦後、ついぞ育たなかった、日本という国に住んでいる者としての「当事者意識」。国家と契約を結んだ国民として、国家運営を委託した権力者を監視し批判する。この権利を放棄し、他人任せにしてきた60年ではなかったか。

 だがいま、ひょんなことから絶好の機会が訪れた。“幼児性”をもろに発揮した小泉首相が、「郵政反対派が気に入らないから」と断行した“駄々っ子解散”。これにより実現した総選挙で、再び戦争のできる国にしようともくろんだり、アジア各国との協調など屁とも思わず暴言の限りを尽くしたり、優勝劣敗の差別社会をつくろうとする国会議員を一掃できるかもしれないのだ。国政への無関心が結果として呼吸困難な社会を生む、その恐怖に目覚めるチャンスが、くしくも、あの「9.11」にやってくる。(北村肇)