きんようブログ 社員エッセイを掲載。あの記事の裏話も読めるかも!?

「3.11」後の新しい社会は市民の手でつくる

<北村肇の「多角多面」(84)>
 ふと気がつく。この夏はあまり蚊がいない。そういえば、去年もそうだった。カラスの数が減ったのも気になる。いまさら石原都知事の一掃作戦の効果でもあるまい。すべては杞憂かもしれない。さすがに、何でもかんでも福島原発事故に結びつけるのはどんなものかと思う。でも、一個の生命体として、私の直感が働く。放射性物質がひっそりとこの国を覆い、侵し続けている。それは間違いのないことだと。

 東京都の水元公園でホットスポットが見つかった。共産党の調査で明らかになった。おそらく、こうした危険箇所は都内だけでも数限りなくあるだろう。放射性物質は「水に流す」ことはできない。樹木の密集するところでは、雨の降るたびに蓄積し、消失することはないのだ。

 ここしばらく、米国の海岸に東日本大震災由来の瓦礫が次々に流れ着いている。ニュースを聞くたびに背筋がぞっとする。わかっていたこととはいえ、福島原発事故が世界を巻き込んだ事実に驚愕する。海洋汚染の深刻さが浮き彫りになるのは、むしろこれからだろう。

 安易に「復興」という言葉を使ってしまう。だが、2011年3月11日以前に戻ることはありえない。戻ることがあってもいけない。原発のある世界に回帰したのでは、再び「福島」の起きる可能性を除去できない。新しい社会をつくりあげるしかないのだ。

 戦争責任について考えてみる。この国では、アジア・太平洋戦争の責任がうやむやにされたばかりか、責任はないという暴論すらまかり通る。そのことが、日本に対するアジアの視線を厳しくしたのは疑いようもない。ひいては「国益」(真の「国益」とは「民益」である)をも損ねた。いままたその二の舞を演じようとしている。

 世界中に放射性物質を振りまいたのだ。明らかに国家の犯罪である。だが、政府は責任をとろうとしない。むしろ「なかった」ことにしようともくろむ。責任をうやむやとしたまま、新しい時代をつくることはできない。彼らは、「政・官・財・学」が癒着した原子力ムラの構図を「復興」したいだけだ。

 官邸前の金曜日デモは10万人規模になった。大飯原発再稼働反対のうねりは各地に広がった。東京電力幹部らの刑事告訴は、全国で支援体制ができつつある。市民の動きは確実に「新しい社会」につながる。私の直感は囁く。「勝てる」と。(2012/7/6)

社会が根底から変わったのに「ドジョウの視覚」ではたまったものではない

<北村肇の「多角多面」(80)>
 東日本大震災と福島原発事故は社会を根底から変えた。これほど明白でしかも本質的なことに野田首相は思いをいたしていないようだ。安全確保の見通しが立たなくても、圧倒的多数の市民が反対しようと、経済優先主義を恥じることなく大飯原発再稼働に踏み切る。一方で、消費税増税には「政治生命を賭ける」と繰り返す。要するに、首相の頭の中には「本当に大事なこと」がすっぽりと抜け落ちているのだ。

 大震災が私たちに突きつけた一つは、自然の中で自然に手を加えながら生きていく以上、しっぺ返しは避けられないという冷厳な事実だ。そして、そのことが明らかにしたのは、人間の無力さではなく、ある種の運命である。運命はあきらめには直結しない。運命として受け入れるには長い時間がかかる。たとえば、身近な人の死は残された者に悔悟をもたらす。だから「お別れの儀式」という時間が欠かせない。しかし、今回の災害ではまだ多くの方の行方がわからず、「儀式」すらできない人々がたくさんいる。あえて説明するまでもなく、福島原発事故が救助や捜索の足を引っ張ったのだ。

 自然現象である地震と違い、福島原発事故は人間の構築したシステムの問題である。避けようと思えば避けられた。だが、政府も東京電力も意図的にそこを誤魔化している。一貫して、「避けようのなかった」想定外の地震により、「本来なら安全だった」システムが崩壊したという図式にはめこもうとしている。とんでもない。自然現象は基本的に「避けようのない」ことであり、だからこそ「避けられない」は「想定内」なのだ。裏を返せば、「真に安全な」という形容詞は、「避けようのない」ことが起きても崩壊しないシステムにしか用いるべきではない。
 
 そもそも、原発というシステムは人間のコントロールを超えた存在である。放射性廃棄物の処理ができないだけでも明らかだろう。「避けようのない」ことが起きなくても崩壊する、極めて危険性の高いシステムなのだ。しかし、「3.11」が私たちに伝えたものは、原発の危険性といったレベルにとどまらない。重要な点の一つは、自然との関係だ。つまり、「自然に生かされている」ことを前提にした「自然との共生」に目を向けること。一刻も早く、「人間社会の一部に自然がある」との誤解から脱却し、「自然の一部に人間社会がある」という原点に戻ること。そこで初めて、私たちは「運命」をどうとらえ、どう対処すべきか考えることができる。
 
 野田首相だけではなく、多くの国会議員には哲学や思考力が欠けるように見える。人類が岐路に立っているとき、ドジョウの視覚では困るのだ。(2012/6/8)

この国のゆくえ40……2012年は「抗議の年」「行動の年」に

<北村肇の「多角多面」(59)>
 色づいた銀杏のグラデーションが楽しい。突き抜けた青に空が染まる。ニットの服を着たダックスフンドが尻尾を振る。そうか、冬なのだ。道行く人の息がせわしい。車があたふたと走り抜ける。そうか、師走なのだ。

 気がついたら1年が終わっていた。「3.11」以降、これまでとは異なる時間が社会を覆ったかのようだ。私の時空間もどこか歪んだ気がする。単純に猛スピードで進んだわけではない。かといって牛の歩みということでもない。早かったり遅かったり、ときには停止したり。ぐるっと一回転したり。このメリーゴーランドはしかし、何の喜びも楽しみも与えてはくれない。私には。おそらく社会全体にも。

 東日本大震災はまだ終わっていない。終わることはない。行方不明の方がまだ約3500人もいるのだ。探し求めている家族らはその何倍にもなる。時が解決するなどと、言えるはずもない。傷跡が癒えるには、想像を超える時間がかかるだろう。

 福島原発事故もまた、収束の見通しはまったく立っていない。放射線の内部被曝による被害が顕在化するのは2、3年後だ。一体、どのくらいの人が健康を損なうのか、見当もつかない。精神的なダメージを負った人は無数と言っていいだろう。

 こうした状況下で、政府のお気楽な発表を聞くたびに寒気がする。まるで直線的に解決へ向かっているようなことを平然とのたまう。ありえない。どんなに楽天的に見積もってもジグザグした道であり、最悪の場合は避けようのない危機的状況だって考えられる。

 2011年末、この国の為政者はこう宣言するだろう。「今年はいろいろと大変なことがありました。でも新しい年には輝かしい未来が待っています」。決してだまされまい。ここまで棄民政策を続けてきた政府を、だれが信じるというのか。

 しかし、あきらめは何も生まない。世界は根底から変わりつつある。「1%」に対する「99%」の怒りは地球のあちらこちらで火を噴いている。「革命」は、突然、生じたわけではない。何年、いや何十年にわたって、平和や愛を求めた名も無き人々が戦い、その「思い」が種としてこぼれ落ちた。それがいま、芽を出しているのだ。私たちはじっと目をこらし、先人の「思い」を見つけ、掬い取らなければならない。そして、花を咲かさなければならない。タイム誌の選んだ「今年の人」は「抗議する者」だった。2012年は、「抗議の年」「行動の年」にしたい。(2011/12/20)

この国のゆくえ29……何度でも繰り返そう、新聞よ覚醒せよ!

<北村肇の「多角多面」(48)>

 月に1度の休刊日はいらいらする。何があろうと「新聞」が好きだからだ。インターネット時代と言っても、新聞が報道機関の中心であるのも間違いない。だからこそ、声を大にして言いたい。ジャーナリズムの原点を取り戻せ! いい加減に目覚めよ!

 東日本大震災以降、「出前講演会」と銘打って全国行脚している。「大震災・原発とメディア」をテーマに新聞・テレビ報道の裏側について話すのだが、マスコミに対する市民の憤りをひしひしと感じる。「政府や東電の広報機関に成り下がっている」という批判が、引きも切らず参加者から出てくるのだ。

 確かに、物足りなさを通り越してあきれることが多い。報じるべきことを報じないし、報じ方のポイントもずれている。典型的だったのが5月6日の文部科学省の発表。米国エネルギー省と共同で航空機により福島県内の放射線量を調査、結果が記者クラブに配布された。そこには「地域によっては、セシウム137が300万~1470万ベクレル」と書かれていた。チェルノブイリでは55.5万ベクレル以上の地域は強制移住の対象だったから、汚染の凄まじさがわかる。

 ところが、この大ニュースが翌日の新聞では1行も報じられなかった。実は、この日、菅直人首相が「浜岡原発を止める」と会見した。推測だが、文部科学省は、あえて同じ日に資料配付をぶつけたのではないか。言うまでもなく、大きく報じてほしくない中身だったからだ。数日遅れで『東京新聞』が記事にしたものの、他紙ではみかけなかった。かくして、絶対に「報じなければならない」ニュースは埋もれてしまった。

 こうした例はいくらでもある。記者の「力」が落ちたのなら、まだ救われる。訓練さえすればいいからだ。しかし、根はもっと深く、「立ち位置」の問題に帰着する。簡単に言えば、ジャーナリストは常に「弱い者」の立場に立って「強い者」を監視し批判する。だから、原発に関して言えば、「反原発」の立場に決まっている。「客観」とか「是々非々」とか、意味のない言い訳は成り立たないのだ。

 何度でも断言する。マスコミ、とりわけ新聞が真のジャーナリズムの立ち位置を見失わなければ、社会は確実にいい方向に動く。それだけの「力」を持っているのだと再認識せよ! 一刻も早く!

[この国のゆくえ27……国家にからめとられない「絆」をつくる]

<北村肇の「多角多面」(46)>
「絆」。東日本大震災以降、あちらこちらで見かけるようになった。いい言葉だ。響きも素敵だ。でも、悪用されたのでは元も子もない。漠とした不安を感じる。

 各地で「東北の野菜・果物を食べようキャンペーン」が展開されている。どこか違和感をぬぐえない。もし放射能に汚染されていたら、さらなる被害者を生む危険がある。「風評被害を防ごう」と政府は繰り返し強調する。だが、まずは綿密・正確な検査が必要だ。その上での「安全宣言」なくして、どうやって「風評」かどうかの判断をするのか。

 徹底検査を実施する際、現行の暫定基準値見直しも欠かせない。「1キロあたり500ベクレル」がいかに異常な値かは、ドイツ放射線防護協会による食品中の放射能基準値「成人で8ベクレル、幼児で4ベクレル」と比べれば一目瞭然だ。

 野田政権発足直後、細野豪志原発・環境相の発言が話題になった。「福島の痛みを日本全体で分かち合う」――日本中の人々に放射能被害を受け入れろということか、という怒りがインターネット上で相次いだ。ちょっとした発言で炎上するのは、政府の無責任ぶりに対する不満が沸点に近づいているからだ。細野氏の発言は瓦礫処理にからんだものだが、これまでの無策ぶりを棚に上げておいて、いけしゃあしゃあと「日本全体で」と言ってしまう鈍感さ。しかも、客観的に考えれば最終処理施設は福島原発周辺に作らざるをえないのに、「福島以外で努力」などと口先でごまかそうとする。

 やはり、政府や東電は「絆」を悪用しているようにしか見えない。「東北を助ける市民の善意」を、「日本人の義務」かのようにすりかえる。そのうち「東北の野菜を食べないのは非国民」という雰囲気さえつくられかねない。東北を救うのは一義的には「市民の絆」ではないはずだ。何よりも、政府・東電の責任のもとに救済措置がとられねばならない。

 戦後、連綿として続いてきた日本社会の基本構図は崩れつつある。その一つに「地域共同体の崩壊」がある。これを受け、地域における市民の連帯を再生しようという試みもさまざまに行なわれている。そのことが間違っているとは思わない。しかし、かつてのような国家主義や家族主義に取り込まれるわけにはいかない。

「動物をつなぎ止めておく」が「絆」の語源という。戦前の「絆」とは、まさに国家につなぎ止められるという意味であった。国家にからめとられることのない「絆」をつくりだす、それが「3.11」を経験した私たちの責務だ。(2011/9/23)

[この国のゆくえ16……人間性を喪失させるマニュアル依存症]

<北村肇の「多角多面」(35)>

 間もなく母親の7回忌を迎える。「死」は必ずしも忌避の対象ではない。それはわかりつつも、忸怩たる思いはなかなかに消え去らない。私さえしっかりしていれば、死期を遅らせることは出来たからだ。

 輸血由来のC型肝炎だった母親にとって、肝臓がんは避けようのない“未来”だった。多少なりとも“その日”を遠ざけるためには、肝炎から肝硬変への移行を食い止めるしか手だてはない。そのためには定期的な検査が欠かせない。毎月、母親が病院から持ち帰る検査結果は私が必ずチェックしていた。その月も、数値上は何一つ異常がなかった。だから、腹水状態がみられて入院したときも、医師に「肝臓の心配はないでしょう」と太鼓判を押され、安心していた。
 
「実は……」と医師から電話があったのは、「念のためにCTをとりましょう」と言われた翌日のことだった。もはや、手のつけようのない段階にまで肝臓がん・胆嚢がんが進んでいた。

 医療関係の取材をしているころ、「医療検査のデータは信用できない」ということを痛感したのは、ほかならぬ自分だった。もっともあてになるのは、まともな医師の“直感”による診断であることも、十二分にわかっていた。なのに、20年近く通っている病院だから、母親の病状はよくわかっているはず、と思い込んでしまったのだ。悔やんでも悔やみきれない。

 検査やデータへの依存はマニュアルへの依存にも通じる。「こういうデータのときはこういう処置」「こういう事態のときはこういう法律に基づき対処」――医師しかり、官僚しかり、頭でっかちの人間が陥りやすいことだ。彼ら、彼女らはこの“依存症”にかかることにより、人間が本来、もっている直感力や感性を失っていく。

 東日本大震災の被災者が生活保護を打ち切られるケースがあるという。厚生労働省が義援金を収入とみなしているからだ。批判が相次いだためか、福島県は、一部、特例とする方針を出した。ほかにも、住民票がないから義援金を受け取れないという例があった。「法律では」「条例では」「規則では」――いい加減にしろと叫びたくなる。何が法律だ、何が前例だ。

 マニュアル依存症は人間性をも喪失させてしまう。(2011/6/24)

[この国のゆくえ3…未曾有の危機を前に指揮者がだれかわからない]

<北村肇の「多角多面」(22)>

 東日本大震災で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

 天災は避けようがない。だが、人災は人間の知恵や努力で防ぐことができる。福島原発事故は、「政災」であり「官災」であり「業災」だ。政府も官僚も財界も、原発に対しあらゆる面で甘すぎた。未曾有の大震災によってそれが露呈した。政府や東京電力のしどろもどろの会見を聞きながら、「まだ何か隠蔽する気か」と、わきおこる怒りを抑えられない。

 ただ、この場で政府や東京電力の批判を展開する気はない。重要なのは、「これからどうするのか」だ。菅直人首相にまず頼みたいのは、「指揮命令系統の確立」「情報の一元化と整理」である。いまのところ、誰が指揮者なのかさっぱりわからない。最高責任者が首相なのは当然だ。しかし、それだけではどうしようもない。たとえば、「原発事故に関しては枝野幸男官房長官、救援体制は○○大臣、電力不足問題は△△大臣が責任者」などと明確にし、その人たちが明瞭な言葉で逐次、会見するだけでもかなり違う。

 責任者の明確化にもつながるが、情報発信がひどすぎる。整理も一元化もされていない。突発的な事案の会見とは別に、最低限、「現在、わかっていること」「わからないこと」「実施している対策」「実施を検討している対策」などの枠組みを決め、その中に必要な情報をあてはめ、1時間ごとに提供するくらいのことができないものか。

 民主党の岡田克也幹事長にも望みたい。与党責任者として、野党との連携に向け市民にわかる形で動いてほしい。阪神大震災など過去の大災害に関わった自民党議員はたくさんいる。その人たちの知恵も借りるべきだ。もちろん、野党も当面は「政争」を棚上げにしなくてはならない。国会を挙げて取り組んでいるという姿勢をはっきりと見せることが、市民の安心感につながるはずだ。

 歴史的な大地震により浮き彫りになったことが、もうひとつある。この国では、さまざまな意味で“のりしろ”が失せていたという現実だ。災害をある程度、吸収できるだけの余裕がない。「自然を破壊したことによるつけ」に限らない。心の面でも同様だ。阪神大震災のときも、被災地の方だけではなく、多くの市民が軽いうつ状態になったような日々がしばらく続いた。当時より“のりしろ”のない「いま」はさらに深刻だ。

 考えようによっては、これだけの危機的状況を超えられるかどうかで、この国のゆくえが見えてくるのだろう。(2011/3/18)