きんようブログ 社員エッセイを掲載。あの記事の裏話も読めるかも!?

パソコン遠隔操作事件で危惧するのは、“愉快犯”の思惑を超えた社会の動き

<北村肇の「多角多面」(99)>

 他人のパソコンを遠隔操作して脅迫メールを送りつける。ウィルスを使った“犯行”は痕跡すら残らない――。前代未聞の事件が起こった。おそらくは個人の仕業だろうが、こうしたハッキングがいとも簡単に行なわれるのなら、想像するのも忌まわしい事件だって起こりうる。たとえば、核兵器を持つ複数の国のシステムに侵入し「貴国に向け核ミサイルを発射した」というメールをそれぞれの国から送らせる。あるいは金融システムをガタガタにすることも可能だ。

 ただ、私の不安は別のところにある。

 犯罪の多くにはカネや物欲、そして怨恨がからむ。動機は意外にわかりやすいのだ。しかし、今回の事件はそこが判然としない。断定はできないが、愉快犯の可能性が高い。となると、動機は「楽しいから」になろうか。「楽しさ」の基準は人によってさまざまだから、結局、真意は本人しかわからない。

 子どものころ、近所の家のブザーやインターフォンを押す遊びがはやった。「何ごとか」と住人が出てくるのを遠くから眺めて満足する。あれは何だったのだろう。だれかに迷惑をかけることが快感だったのかもしれない。そのときの心の動きを思い起こせば、どこかに「このいたずらで人を死傷させることはない。仮にばれても頭をごつんとされる程度だろう」という安心感があった。ここが一つのポイントのような気がする。

 脅迫メールといっても、見方によってはブザーやインターフォンを押すことと大差はない。“被害者”が「まあ、この程度のいたずらは大目に見てやろうか」と苦笑すればそれで終わりだ。ひょっとしたら“犯人”の心中には「このいたずらで人を死傷させることはない。仮にばれても頭をごつんとされる程度だろう」との思いが潜んでいたのかもしれない。

 だが、寛容さの希薄な社会では、そうはいかない。現に警察は脅迫メールを大事件と認定し、“容疑者”を逮捕した。さらにそれが冤罪であったのだから、“容疑者”とされた人の被害は甚大だ。「頭をごつん」ですむ話しではない。

 インターネットの匿名社会では、愉快犯が実像より巨大に見えてしまうことがある。だから、捜査当局も凶悪事件並みの態勢をとる。さらに、大きく報道されることにより、市民の中の恐怖感が増幅する。私の危惧は、愉快犯の<ささやかな楽しみ>が勝手に自己増殖し、社会に憎悪感という暗雲を漂わせることにある。(2012/10/26)

「復興」のためには、政治家や官僚の「人間復興」が欠かせない

<北村肇の「多角多面」(98)>

 消費税の陰に隠れてしまった感があるが、2011年度から5年間で、住民税や所得税などで10兆円以上の増税が実施される。これらを元につくったのが19兆円の「復興予算」だ。東北地方の悲惨な状況を考えればやむをえないと、多くの市民は納得していたように思う。ところが、かなりの金額が官僚や大企業の利権と化していた。その実態が明らかになるにつれ、懲りない連中への怒りは高まる一方だ。

 最も尊敬される官僚とはいかなる人物か。霞ヶ関の裏から入って聞き回れば、こんな回答が返ってくるだろう。「わが省に予算をもってくる。関連団体との関係を強化し、あるいは団体を新設し、天下り先を増やす」。要は、国益よりも省益にかなう仕事に専念した官僚の評価が高いのである。もちろん、真から国を思う官僚はたくさんいる。でも、「復興予算」のあほらしさを見せつけられると、やはり大半の官僚は人でなしだと言いたくなる。

 いくつか例をあげてみよう。

▼ 文部科学省・日本原子力研究開発機構の運営*青森、茨城県での国際熱核融合実験炉(ITER)の研究事業(42億円)……復興と何の関係があるのか。どさくさ紛れの焼け太りだろう。
▼ 財務省・国税庁施設費*首都圏など12庁舎の耐震改修工事(12億円)……「納税者と職員の安全確保」が理由だそうだ。ふざけるな!
▼ 水産庁・調査捕鯨費(18億円)……補助金を受ける財団法人「日本鯨類研究所」は2010年まで水産庁OBがトップ。捕鯨船の基地は広島県で東北の利益にはつながらず。

 こんなばかげたことがまかり通るのは、復興基本方針に盛り込まれた“仕掛け”のせいだ。「日本経済の再生なくして被災地の真の復興はない」。だから「被災地に一体不可分として緊急に実施すべき施策」を認めると書かれている。いくらでも拡大解釈できるように最初から仕組まれていたわけだ。

 官僚と腹を割って話す機会に、尋ねてみたことがある。なぜ天下りがそんなに大事なのかと。「大学(主として東京大学)の同期は一流企業の経営陣になり相当な収入を得る。われわれ官僚はそれに比べたら低賃金だ。天下ることでようやく追いつく」。本音に聞こえた。官僚も人間だ。自分の暮らしやプライドにこだわるのもわかる。だが、せっかく持って生まれた頭脳をそんなことだけに使ってわびしくないのか、悲しくないのか。どうやらこの国に必要なのは、官僚や政治家の「人間復興」のようだ。(2012/10/19)

「子どもへの虐待」の背景には、現実と仮想の逆転があるのではないか

<北村肇の「多角多面」(97)>
 一時、「ゲーム脳」が話題になった。科学的な裏付けに乏しく、いまはほとんど死語のようだが、一方で、電車内でスマホのゲームに興じる人は増えるばかり。しかも、若者だけではなく中年でもちらほら見かける。私のように、相も変わらず単行本か雑誌を読んでいるのは間違いなく少数派だ。

 個人的には、電子機器によるゲームが人間の脳を激しく毀損するとは思わない。インベーダーゲームが爆発的なブームになったのは1970年代半ばから後半。私の周辺でも中毒者が山のようにいた。それから40年近く。身の回りに「インベーダー症候群」らしき人はいない。もちろん、「それによって勉強がおろそかになった」といった例は除く。

 むしろ、精神面への影響で不安なのは、インターネットによる仮想空間そのものだ。現実(リアル)と仮想(バーチャル)の境目がわからなくなる危機感に関しては、多くの言説がある。私的体験で言えば、新聞記者時代、自殺取材の過程で、子どもたちの中に「リセット発想」のあることに愕然とした。「一度死んで、また生まれ変わればいい」――。ただ、正直、さほどの深刻さをもっては受け止めなかった。大人が何とかする、何とかできると考えていたからだ。しかし、それはあまりに楽観的すぎたのかもしれない。

 最近、子どもに対する虐待事件が絶えない。報道に接するたびに、リアルな世界を見失っていたのは、実は大人の方ではなかったのかと考えてしまう。子どもは親にとって文字通りの分身であり、現実そのものだ。その子どもを虐待し命すら奪ってしまうのは、人間存在自体をバーチャルな空間でとらえているからではないのか。つまり<実感>は仮想空間においてのみ存在する。だから、現実空間での非人間的な行為に<実感>は欠落している。むろん、虐待問題をとらえるとき、社会保障の不備や新自由主義のもたらす格差・貧困問題を捨象するわけにはいかない。しかし、そこにとどまらない気がするのだ

 秋葉原事件の加藤智大被告は、ネット上でのなりすましに対する怒りが犯行動機だったとされる。彼にとって、現実で人を殺害することはある意味でバーチャルであり、ネット空間のなりすましに対する警告こそがリアルだったのだ。

 われわれが体感できる現実はそう多くはない。一方、インターネット空間は無限である。この無限の空間では、あらゆる情報を入手できるだけでなく、自分でない自分として情報を発信できる。そこでは、現実と仮想の関係は混在ではなく逆転に進もうとしているのではないか。それから先の世界を私にはまだ想像ができない。(2012/10/12)

「櫂未知子の金曜俳句」10月末締切の投句募集について

『週刊金曜日』2012年11月23日号掲載の俳句を募集しています。
【兼題】「名月もしくは満月」「茸狩」(雑詠は募集しません)
【締切】 2012年10月31日(水)必着
【投句数】1人計10句まで何句でも可
※特選に選ばれた句の作者には櫂未知子さんの著書(共著を含む)をお贈りします
【投句方法】官製はがきか電子メール
(氏名、俳号、電話番号を明記)

【投句先】

郵送は〒101-0051 東京都千代田区神田神保町2-23
アセンド神保町3階  『週刊金曜日』金曜俳句係宛。

電子メールはhenshubu@kinyobi.co.jp
(タイトルに「金曜俳句投句」を明記してください)

【その他】新仮名づかいでも旧仮名づかいでも結構ですが、一句のなかで混在させないでください。
なお、添削して掲載する場合があります。

兼題「桐一葉」 金曜俳句への投句一覧(10月26日号掲載=9月末締切)

「櫂未知子の金曜俳句」投句一覧です

選句結果と選評は『週刊金曜日』10月26日号に掲載します。

どうぞ、選句をお楽しみ下さり、櫂さんの選と比べてみてください。

『週刊金曜日』の購入方法はこちらです

amazonhttp://www.amazon.co.jp/)でも購入できるようになりました。

予約もできます。「週刊金曜日」で検索してください。配送料は無料です。

(さらに…)

兼題「障子洗ふ(障子貼る)」 金曜俳句への投句一覧(10月26日号掲載=9月末締切)

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冗談のような「安倍総裁誕生」は、冗談のようだから怖い

<北村肇の「多角多面」(96)>
 少し時間を遡るが、「安倍晋三自民党総裁誕生」翌日の新聞社説。大手紙はそろいもそろって、何か奥歯に物がはさまったように歯切れが悪かった。

『朝日新聞』は一応、安倍氏のタカ派ぶりにクギを刺した。「ナショナリズムにアクセルを踏み込むような主張は、一部の保守層に根強い考え方だ。だが、総選挙後にもし安倍政権ができて、これらを実行に移すとなればどうなるか。大きな不安を禁じ得ない」。だが、全体としては、批判しているのか期待しているのか曖昧模糊としていた。

 一方、『読売新聞』は、安倍氏が憲法改正や「河野談話」見直しに前向きなことについて「いずれも妥当な考え方である。実現に向けて、具体的な道筋を示してもらいたい」と賛意を示し、同氏が原発推進論者であることを踏まえ「安全な原発は活用し、電力を安定供給できるエネルギー政策について党内で議論を深め、責任ある対策を打ち出すべきである」と求めた。しかし「待望の安倍総裁」というトーンはまったく感じられない。もともと石原伸晃氏へのラブコールが目立っていた同紙としては、「安倍勝利」は意外な結果だったのかもしれない。

『毎日新聞』の社説見出しは「『古い自民』に引き返すな」。1面の政治部長による解説の見出しは「民主より『まし』なのか」。これだけ見ると批判的な感じがあるのだが、記事そのものはどちらも一般論に終始していて、はっきりしなかった。福島原発事故以降、権力批判の記事が増えた『東京新聞』だけは、1面の見出しからして「民も自も『タカ派』」だったし、社説では安倍新総裁の危うさを指摘していた。

 全国紙の大半が煮え切らない論調だった一つの理由は、「安倍総裁」が想定外だったことにある。立候補時も「えっ、まさか」という感じだったし、複数の政治部記者から「一度、総理の椅子を投げ出した安倍氏が勝つはずはない」と聞かされていた。それが、あれよあれよという間に本命となり、総裁選後半には「安倍で間違いない」という情報が次々と飛び込んできた。

 橋下徹氏の場合も、いちタレント首長がいつの間にか「首相に最も近い男」になっていた。軽い冗談のつもりが冗談でなくなる――このような「流れ」が怖いのだ。不条理劇や小説によくあるパターンで、足下から底なし沼に引きづり込まれるような恐怖感がある。こういうときこそ曖昧模糊な態度をとってはだめだ。憲法の息を止めようとする連中を徹底的に批判し、表舞台から降ろさなくてはならない。(2012/10/5)