きんようブログ 社員エッセイを掲載。あの記事の裏話も読めるかも!?

[この国のゆくえ33……無人偵察機、ロボット兵士――人類はどこにゆくのか]

<北村肇の「多角多面」(52)>

 体の芯から、いや違う、もし魂というものがあるなら魂の内奥から、粟粒のようなザラザラとした不快感が立ち上ってくる。ここまで、人は人としての温もりを捨て去ることができるのか、現実世界を血の通わないゲームに変えてしまえるのか。

 リビアのカダフィ大佐殺害には、米国の無人偵察機・プレデターが重要な役割を果たしたと言われる。大佐の車列をキャッチしたのも、そこにミサイルを撃ち込んだのもプレデターとされる。むろん、操縦は米国本土で行なわれたのだろう。“だれか”がパソコン画面を見ながらキーボードをたたき、ミサイルを発射したのだ。

 無人偵察機・攻撃機は21世紀の戦争には欠かせない存在になりつつある。手を染めずに殺戮行為ができるのだから、権力者にとってこれほど都合のいい兵器はない。兵士を失うことはなく、さらには、ゲーム機でバーチャルな殺人をする感覚に陥ることで、わずかな良心の痛みすら感じずにすむのかもしれない。

 米国はロボット兵士の開発にも着手しているようだ。『週刊金曜日』866号(2011年10月7日号)で天笠啓祐さんが紹介しているように、米国国防高等研究計画局(DARPA)は2011年度、「バイオデザイン」に600万ドルの予算をつけた。狙いは、合成生命体を生み出す技術を開発することにより「目的通りの動物」をつくることだ。軍事目的なのは言うまでもない。サイボーグ兵士を無尽蔵に誕生させる時代はそこまできているのだろうか。

 兵器も兵士もリモコンで動かす。だが、生命を奪う対象は肉体を持った人間。この究極の「非対称な戦争」こそが、米国のめざす21世紀の戦争における本質だとしたら、人類の歴史は終焉を迎えてもおかしくない。そして、日本はその米国の属国である。

 いわゆる「権力」を握った人々が、一体、何を求めているのか、何が希望なのか、私にはさっぱりわからない。彼らにとっての幸福とは何か、そもそもなぜ生きているのか、まるで理解できない。人間にとって最高の幸せは、温かい人間同士が抱き合うことだ。肉体だけではなく精神のハグでもある。これに対し、ゲームと化した社会でキーボードによる殺戮を繰り返すようでは、幸せどころか荒涼感が生まれるばかりのはずだ。そこにもし喜びを感じるなら、それはもはや人間とは呼ばない。
 
 人ではない人の増殖。ザラザラした不快感の源はそこにある。(2011/11/4)