きんようブログ 社員エッセイを掲載。あの記事の裏話も読めるかも!?

『雑誌記者』と古書店

 家の近所に古書店が開店しました。少し前から、ずいぶんしっかりした木製の本棚などを運び込んでいたので、気になっていた店です。早速、立ち寄りました。お客と店の人の話を聞いていると、2日前に開店したようです。

 品ぞろえが個性的だなぁと思ってみていると、池島信平さんの『雑誌記者』という本を見つけました。1933年(昭和8年)に文藝春秋社に入社、『文藝春秋』の編集長などを務めた人で、広く名を知られた名編集者です。懐中時計や眼鏡、手帳、赤ペンなどをあしらった表紙は、編集の「七つ道具」のコレクションでしょうか。しゃれた装幀だと思ってよく見ると、『暮しの手帖』で知られる花森安治さんが手がけていました。

 中を見ると、戦中、戦後を通じた体験記でした。池島さんは1938年(昭和13年)、いわゆる自由主義の進歩派といわれた教授が警視庁に検挙された「教授グループ事件」以来、急速にジャーナリズムが変貌を遂げたと書いています。そして、具体的な事例をあげながら、こう分析しています。

《日本全体の動きが右へ、右へと動き、そこには筋道の通った考えが通らない。問答無用の強権が支配する。私は敢えていうが、これは怖ろしいことには違いないが、外部から来る攻撃だけなら必ずしもわれわれに挫折感を抱かせない。自分自身にやり切れなさと虚無感をもたせるのは、外部のこういう変化ばかりでなく、むしろ同僚や社の内部に起った精神的断層である》
《ほんとうの敵はむしろ内部にあるといったが、これは同時にもう一つ拡大していうと、同業者にあるといってもいい。時代の変革と共にいちはやく扮装を変えるのは個人ばかりではない。出版社もその例に洩れない》
《これからのちにどのような時代がくるかわからないが、われわれ古い編集者が、懺悔とともにこれから若い編集者にいい得ることは、もし将来、再び暗い時代が来た時、敵は外にあると同時に、もっと強く内部にあると覚悟してもらいたいことである》

 今の時代に重なるなぁ。裏をめくると、鉛筆で「1200」と書いてあります。1958年(昭和33年)に定価250円だったので、少し高いかもしれないけど、まぁこんなもんか。よし、買おうと、お店のレジに持っていくと、店の女性が
「あっ、これ売れちゃうんだ」
と、声を上げました。

 少し驚いて顔を上げると、
「この本好きだったんですよね」
と、続けます。
「はぁ」、と私。
「だから、少し高めに値段を付けておいたんですよ」
「確かに、少し高いかなぁとは思ったんですがね」

 彼女は、ていねいにその本を包んでくれました。本と一緒にはさんであった、その古書店の、手のひらサイズのチラシには「料理・食を中心とした古今の名著。美しいレシピ本など家事全般に関わる書物。そして、絵本・文庫・懐かしい昭和の雑誌、文藝書・その他色々」と書いてありました。そうか、自分が気に入った、好きな本を中心に扱うんだろうな。木枯らしが吹く季節になりましたが、自宅近くの散歩の楽しみがまた一つ増えそうです。