きんようブログ 社員エッセイを掲載。あの記事の裏話も読めるかも!?

もひとつほかの風に乗って

ことばは沈黙に
光は闇に
生は死の中にこそあるものなれ
飛翔せるタカの
虚空にこそ輝ける如くに

 いやぁ、面白かった。一気に読了しました。そして、いろいろと考えさせられました。この春に出た『ゲド戦記V アースシーの風』(ル=グウィン作、岩波書店)の感想です。第1巻の『ゲド戦記I 影との戦い』(同)が日本で出版されたのは1976年ですから、ずいぶん長い時間をかけて紡がれている物語です。最初に書いたのは第1巻の冒頭詩で、最新刊に及ぶまで物語り全体に深い意味を与え続けています。

 魔法使いが登場するファンタジーと聞けば、世界中で約2億冊が売れた「ハリーポッター」シリーズを思い浮かべる人が多いでしょう。あるいは龍が登場すると聞けば、映画「ネバーエンディングストーリー」(注)を考えるかもしれません。しかし、この『ゲド戦記』は単純な英雄物語や冒険物語ではなく、光と影、生と死、男と女、所有と自由などについて深い世界観が示されています。戦記と名が付いていますが、軍隊同士の壮絶な合戦は出てきません。そして単純な善悪の戦いではなく、むしろ孤独な戦いが描かれます。

『アースシーの風』の訳者あとがきで、清水真砂子さんはこう記しました。「異文化を敵視して排除したりするのではなく、互いを尊重し、共存をはかっていこうとする姿勢は、とくに今、私たちになくてはならないものと思われます」

 翻訳の時期からして、米国のアフガニスタン攻撃やイラク侵略を念頭においた指摘だと思います。そこまで「現実的な教訓」を読みとると、少し窮屈な気がしないでもありませんが、訳者が現実の戦争に心を痛めていることも良くわかります。やはり、本当に良質な物語は、読み手によって、また読み返すたびごとに、さまざまな発見や思いが出てくるものなのです。

 今回のコラムタイトル「もひとつほかの風に乗って」は、『アースシーの風』の巻頭詩の一部を引用しました。小学6年生以上が対象とはなっていますが、大人にこそ読んで欲しいシリーズです。

(注)「ネバーエンディングストーリー」の原作、『はてしない物語』(岩波書店)も、その世界観は複雑で、思索的です。原作者のミヒャエル・エンデが、映画が原作の趣旨をゆがめていることに怒り、映画のエンドクレジットから自分の名前をはずすように裁判を起こしたほどです。