きんようブログ 社員エッセイを掲載。あの記事の裏話も読めるかも!?

法を実行し不正をなす

シジフォスの希望(5)

 「ドイツには、法を犯すことによって不正をなす裁判官よりも、法を実行することによって不正をなす裁判官のほうが、かぎりなく多く存在している」(石黒英男訳・河出書房新社)と、ベルトルト・ブレヒト(1898~1956年)が書いたのは1928年のことだ。その5年後の1933年1月30日にアドルフ・ヒトラーを首相としたナチス政権が成立する。
「裁判をめぐるスキャンダルについて」と題した短い一文の中で、ブレヒトは公権力(政府)と司法機関との関係について触れているが、たとえばビラ配布逮捕だとか名誉毀損に関わる言論弾圧といったような具体的な訴訟事例を挙げているわけではない。にもかかわらず、再度このわずかなセンテンスを読むと、80年近く前の(その後、友好国になった)ナチス・ドイツがとても身近に感じられ、3度目に声を出して読んだりすると、まるで21世紀初頭の日本の状況を言い当てているように思われる。


 
 これは何も、司法の問題に限らない。冒頭の一文の「ドイツ」を「日本」に、「裁判官」を「政治家」に置き換えられたい。
「日本には、法を犯すことによって不正をなす政治家よりも、法を実行することによって不正をなす政治家のほうが、かぎりなく多く存在している」……。

 近々の「不正」について挙げれば、ここにその氏名を記述するのも憚られる、安倍晋三内閣の複数のお仲間閣僚による事務所費疑惑。彼らは「政治資金規正法を守って対処している」とまるで何かの呪文のように唱えているが、これはまさに自ら立法したザル法を「実行することによって不正をなす」典型ではないか。閣僚以外にもこの手合いが「かぎりなく多く存在している」ので、かりに罷免しても金太郎飴のように次々と同じ顔が出てきてしまい罷免さえできない。それが実態ではないのか。

 あるいはまた、戦争を始めた当事者さえも「開戦情報は間違いだった」「開戦の責任は私にある」(2005年12月、ブッシュ米大統領)と認めたにもかかわらず、日本政府はその非を認めていない。いち早く「支持」を打ち出してイラク特措法を成立させ、自衛隊のイラク派兵を実行した小泉純一郎首相(当時)と、それを継いで同法の延長を決めた安倍首相。これも「法を実行することによって不正をなす」あるいは「不正」を上塗りする事例ではないか。さらに、安倍首相の私的諮問機関が集団的自衛権の行使に関わるこれまでの政府解釈(憲法違反)の見直しをやらせ的に「懇談」しているが、これなどもまた、合法的な仕掛けによって「不正をなす」企てであろう。

 日本の官僚機構が、いかに「法を実行することによって不正をなす」組織であったかは、社会保険庁による年金詐欺問題だけをみても明らかである。その官僚機構と構造的につながり、敗戦後60数年にわたり一貫して自らの利権を肥やしている政治家と、とくに若い労働力を不安定化させてまともに生活できない賃金しか与えない一方でその政権に莫大な金を合法的に渡している財界もまた、「法を実行することによって不正をなす」この国のありふれた風景と化している。

 これら「不正」がこのまま横行するとどうなるか。法は無力化し、社会は無法化する。愛国教育という名の洗脳と治安維持という名の弾圧が必要になる。民主主義が破壊される。ブレヒトによれば、政権党となったナチス・ドイツは「公益は私益に優先する」との標語をその旗に書き付けたが、どこかで聞いた文句ではないか。参院選はこうした、総体としての「不正」との闘いでもある。(片岡伸行)                                               (2007年7月15日)