きんようブログ 社員エッセイを掲載。あの記事の裏話も読めるかも!?

老人と山

私は学生時代にボクシングをやっていたからか汗腺が発達してしまったらしく、辛いものと暑い夏が大の苦手である。

そこで、今週末はかなり遅れてやって来た夏のこんちくしょうからともかく逃げ出そうと、ヤマハのオフロードバイクにテントを積んで北西に進路をとることにした。

4時間ほど国道や峠道を走り、ある山奥のキャンプ場の川べりに一人用のテントをはることができた。
ようやく、川に入り汗を流せた。都会のプールなど目じゃない、冷たい川に2分も入れば、ウソのように汗が引く。来た甲斐がある。ああ、自然は最高だーー。

翌日曜日の朝、日の出と共に起きた。20km先には標高1500メートルの山がある。
山に着いた。ぐんぐん登り坂をあがる。林道を片っ端から突き当たるまで走りたかった。
細い林道の行き止まりは工事現場が多かった。突然、パワーショベルなどやクレーンが現れたりする。
標高800メートル近くで200メートルは離れている向かいの山までワイヤーケーブルを張っていた。伐採した杉を向こうの山からやりとりするためだ。壮観である。
登山道ではない、道だから見える光景だ。

そんな小さな発見をしながら、まだ人里が眠っている山を走り回った。
道路でハッパをむしゃむしゃ食べる無警戒なニホンカモシカに出会った。

その帰り道、一人の老人と出会った。早起きな人である。
昨日の立ち寄り湯でハズしていた私は、老人に尋ねた。
「この近くでいい温泉ないですかね」

老人は言った。「おれは山や海や川が嫌いなんでわかんね。温泉も入ったことねえ」

――って、ここどこ? 奥秩父の山奥真っ只中じゃん! しかもここ、温泉有名なのに!

老人はふと、ぼくのバイクを見てこう言った。
「おれは、車やオートバイは嫌いだ。目も耳も悪くなったし、事故でも起こしたら、危ないよ。小さい頃に交通事故で親を亡くしてしまった子どもたちがいるでしょう。昨日、テレビでやっていたよ」

「ああ、いつもの24時間テレビの。足なが基金でしたっけ」

「ああ、それかね。本当に可哀相で見てらんないよ」

――って、結局、観たんじゃん! しかも、車嫌いって、ここどこ? 

ガソリンスタンドでしょ! 車とオートバイたくさん来るところ、ね! 
こんな朝早くから、やってんのここぐらい!

しかも、おじいさん、今何してんの? まさに、おれのバイクにガソリン入れてるし!

こんな早朝に、こんな山奥で湧き出るツッコミ。

とはいえ、小市民かつエセ紳士の私は

「そうですよねえ。オートバイって危ない危ない。ぼくも気をつけないとね、じゃ!」

爽やかな朝に相応しい挨拶を交わして、走り去った。

じいさん、あんた、温泉入んなくても長生きするぜ。
……もうしているか。

テントに戻り、清流で冷水を浴びた。
ビールを一気に飲みほして、また寝た。
(平井康嗣)