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廃案しかない《個人情報保護「修正」法案》ふたたび

 日本ペンクラブ(梅原猛会長)は2月17日、今国会に上程される見込みの「修正個人情報保護法案」に対して、廃棄と抜本的作り替えを求める意見書を出しました。政府の修正案を厳しく批判した格調高い内容です。日本ペンクラブの許可を得て全文を後に掲載します。


 一昨年の通常国会に上程された個人情報保護法案は、報道や表現の自由を制限する恐れがあると批判を浴びました。そこで政府・与党は昨年末に廃案にしたうえで、修正案を出し今国会での成立を狙っています。この修正案は、本誌445号(1月31日)で徹底批判したとおり、小手先の修正に過ぎず、問題点は放置されるどころか拡大しています。

 しかし、修正案は「メディアに譲歩した」と表面的には見えるため、当初は「通常国会に出し直される法案は論議の出発点になるだろう」(昨年12月7日付『朝日新聞』社説)という主張も登場しました。これは危険な動きでした。

 一昨年の通常国会に提出された個人情報保護法案が昨年末に廃案になったのは、この法案の危険性を指摘する的確な報道が続くとともに、各メディア関係者や市民団体などが一丸となって反対を表明し、それを世論が支持したからです。まっとうな修正ならともかく、ごまかしの修正にのせられて反対の声が分断するのでは政府の思うつぼにはまります。

 これに対し、『毎日新聞』は昨年12月17日付メディア面で、修正案の問題点を幅広く整理しました(http://www.mainichi.co.jp/eye/kisei/200212/17-1.html)。また、日本劇作家協会(永井愛会長)が先月22日、舞台芸術に携わる表現者としての立場から反対する緊急アピール(http://www.jpwa.org/main/information/news_viewer.php?news_id=11)を発表しています。

 日本弁護士連合会(本林徹会長)は先月31日、個人情報保護法案と、行政機関対象の行政機関個人情報保護法案の与党修正案について、「第三者機関の設置を見送るなど日弁連が求める抜本的な見直しだとは言えない」として反対の意見書(http://www.nichibenren.or.jp/jp/katsudo/sytyou/iken/03/2003_04.html)を決定し、2月4日に発表しました。本林徹会長を本部長とする「個人情報保護問題対策本部」を設置して、法制化や今年8月に本格稼働する住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)問題について、日弁連の提案を受け入れるよう、国会や政府関係機関、地方自治体に働きかけていくそうです。

 与党修正案の問題点が明らかになるにつれ、再び反対の声が強まりつつあります。

(以下、日本ペンクラブ〈http://www.japanpen.or.jp/honkan/index.html〉の意見書の引用)
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【個人情報保護「修正」法案の廃棄、および抜本的作り替えを要求する意見書】

 個人情報保護に関する政府与党の「修正案」は、各界各層から強い批判を浴び、昨年末に廃案となったものの手直しであるが、およそ修正とは言い難い内容となっている。
 もっとも大きな変更は、旧法案にあった5項目の「基本原則」を削除し、かわって個人情報の「適正な取扱いが図られなければならない」という「基本理念」(第3条)に一括した点にある。
 旧法案の「基本原則」は表現・報道の自由に干渉する危険性を批判されたが、「修正案」はさらに曖昧な「基本理念」としたことによって、かえって主務大臣の恣意的な解釈の余地を広げてしまう結果となっている。明白な「改悪」である。
 日本ペンクラブは個人情報保護法制について、「表現の自由を妨げないこと」と「自己情報管理権を明確にすること」の2点を提言してきた。前者は、他の個人情報を使う立場としての主張であり、後者は、自己の個人情報を使われる立場からの主張であって、両者に矛盾はない。われわれが訴えたのは、いったん万民を捕捉した上で、条件を示して部分的な「適用除外」を定めていく「包括法」によっては個人情報保護の目的は達せられないということであった。事業分野によって収集される個人情報の内容・性質・利用方法が異なる以上、包括的で一律の規制は、ある分野に対しては過剰となって実害をもたらし、ある分野には過少となって実効性の薄いものとなる。
「修正案」もまた旧法案同様、包括法である。主務大臣は、年齢、事業内容や規模、営利か非営利かを問わず、一定量以上の個人情報を取扱うすべての者に報告を求め、勧告と命令を発する権限を持つとされる。
 報道機関や著述業者がそれぞれの「用に供する目的」で個人情報を取扱う場合(第50条1,1~2)、あるいは、他分野の事業者が報道機関などに情報提供する場合(第35条2)はその限りではない旨の規定はあるが、「修正案」はわざわざ「報道」とは何かの定義まで書き加えて限定した上で(第50条2)、主務大臣が当該の個人情報の利用が報道や著述の目的に当たるかどうかの判断を行うとしているのは、明らかに表現の自由への重大な干渉となる。
 いったいどこが修正されたと言えるのか。 「報道機関」に「報道を業として行う個人を含む」(第50条1,1)というくだりなど、その珍妙な言語感覚は問わぬまでも、すでに政府が国会で答弁したことの追認にすぎず、主務大臣は表現の自由などを「妨げることがないよう配慮しなければならない」(旧法案)を、「妨げてはならない」に書き換えて修正した(第35条1)という点に至っては、論評にも値しない。
 一方、行政機関等の個人情報保護法案の「修正案」を見ると、職員らが個人的動機に基づいて個人情報を不正に取扱った場合の罰則を設けただけであり(第53条)、これでは先般発覚した防衛庁の情報公開請求者リスト問題など、職場や官庁ぐるみで行われた不正行為にはまったく対処できない。
 個々人の基本的な個人情報を網羅し、利用している行政機関等にこそ、公正な取扱いをチェックする第三者機関の設置は不可欠であり、同時に利用される側の自己情報管理権が明記されなければならない。これは民主主義社会における「公」と「私」のあり方の原則である。個人情報保護の法制が表現にかかわる自由に干渉せず、かつ実効的であるためには、電気通信、医療、金融信用などの実情に応じた、分野ごとの「個別法」こそが妥当であろう。「修正案」は、市民的自由を侵害するおそれがあるばかりか、肝心の個人情報保護にも役立たないものとなっている。
 日本ペンクラブは個人情報保護「修正案」の廃棄を求めると同時に、政府与党が旧法案の欠陥をとりつくろうのではなく、これまでに寄せられた批判に耳を傾け、法制および法案の構造それ自体の作り替えから抜本的に取り組むよう、強く要望する。