きんようブログ 社員エッセイを掲載。あの記事の裏話も読めるかも!?

「皇太子妃」出産当日の東京を歩いてみたが

12月1日土曜日。11月下旬から12月初旬との予想通り、雅子さんが14時43分に出産したと速報が流れた。東京都内ではスポーツ新聞も含めて号外が配られた。

本誌編集部も千代田区にあり、皇居からは直線距離で実は3キロ程度しか離れていない。

そこで、仕事が一段落した後、皇居に行き東京駅周辺、銀座とぶらついてみた。

少々出遅れたが17時過ぎ、宮内庁がかすかに見える皇居前広場の門前に行ってみると、薄暗くなった門前にはNHKはもとよりテレビ数社と新聞社のカメラが何人かいた。張り込みである。

また、この日は19時から「新宮誕生」スペシャル番組を放映する予定だったので、中継車も来ていた。あと、不審な男性が4名程度。

1時間ばかりの間、クソ寒い中、張り込んでみた。ときおり、何か車がくると一斉に緊張が走る。NTTや郵便局やマスコミのハイヤーばかりなのだが(祝電を運んでいるのだろうか)カメラがばしっとライトをつけて撮影し、門に入っていってはライトを消してまた身体を揺すらせながら待つという状態。現場の張り込みとはこんなものだが、大人数でそんなに張り込む価値があるのか甚だ疑問だ。私がいる間、重要人物の登場は特になかった。

しかし、「記帳はやっているのか」と尋ねる男性2人、ほほえむカップル(老若込み)多数。

想像をかきたてたのは、喪服のきりっとした40歳くらいの夫婦らしき2人組が、皇居を見るマスコミの後の暗がりで深々と礼をしていた光景だ。かなり本気度が高かった。

その後、東京駅方面に歩いていくと東京駅の背後にそびえたつ高層ビルの窓明かりがなにやら不自然なつきかたをしていた。よくよくみてみると、

「寿」

とついているではないか。

皇居に向かって。ものすごい祝電のアピールだ。

皇居にまた歩いて戻って見てみたが、皇居前広場からはまったくこの明かりは見えなかった。

しかも、側を歩いている人のほとんどが気づいていない様子でじっとたたずむ姿が奇妙だ。

また、このビルに近づきほかには何かついていないかと見てみたら、向かって右側にもなにかついている。

「新宮」

おお、驚いた。このビルを撮影しているテレビカメラがあった。TBSだ。おれも撮影しようとデジカム(デジタル・ハンディカム)を回して、ふと横を見るとテレビカメラがおれの方を向いていた。げげげ。

このビルの名前はパシフィック・センチュリー・プレイス。地上31階建てで12月3日オープン。オープン前だから、こんなに“照明独裁”ができたのだろう。きっとクリスマスにはツリーの形の照明にするのに違いない。

それから今度は銀座に行ったが、デパートが「新宮様 お誕生おめでとうございます」の垂れ幕をかけている以外は普通の銀座だった。

数寄屋橋デパートの架橋下の出店では、ベビードールを来たキティちゃんが売られていた。

そんなものをデジカムで撮影しつつ、マリオン前に行くと街頭演説をやっている人がいた。

ビラを配っているので受け取ってみると、「おメデタイの?わたしたち。」「天皇家のあととりはいらない!賛美・奉祝キャンペーンに反対する実行委員会」と書いてある。

天皇家の「あととり」誕生を考える「反天皇制運動」の人たちがざっと15、6人いた。

受け取ったビラを見てみると「身分差別の頂点にある天皇制」、「皇室経済法第3条に定められ」「巨額の税金でまかなわれる天皇家の『収入』には内廷費・宮廷費・皇族費」がある。それぞれ、2001年度は内廷費=3億2400万円、宮廷費=69億8651万円、皇族費=総額3億795万円とある。この税金は構造改革では「聖域」になるのだろうか。

演説を聞く人もビラを受け取る人も少ないなか、彼らのこともデジカムで撮影していると、なぜか私と同じように雑踏の中で「熱い」視線を送っている人たちがいたので、どきっとした。

がっちりした男たちおよそ10人程度。

警視庁の公安だろう。

演説の前には2人ほどデカイ男がたちはだかり、周囲を威圧している。

そして、演説している女性から3メートルくらい下がって、カメラを持った7、8人がじっと「警備」していた。ほかにも、それらしき人物はぶらぶらしていた。

皇居前のマスコミクルーにしても、マリオン前の公安にしてもこれだけの張り込みを誰が必要としているのだろうか。

“おごそかな“皇居前とは違って、「お誕生」だろうがなかろうがいつものような人混みの銀座マリオン前。ここでは一部の人にはその顔を見せる「国家権力」とやらの存在をひしひしと感じたのであった。
(平井康嗣)