きんようブログ 社員エッセイを掲載。あの記事の裏話も読めるかも!?

10分でわかる人権擁護法案論争

人権擁護法案という一見すると正しそうな名称を持つこの法律は、日本ペンクラブや出版労連などのメディア規制に反対する人びとから、取材を規制し、報道を事前規制するものだとの批判を受けている。

また、別の観点から部落解放同盟や日本弁護士連合会(日弁連)なども抜本的な修正を求めている。
つまり、この法案の最大の問題は法務省外局という法務省の管轄内に人権侵害救済機関を設けて人権侵害を監視するという点だろう。外局方式にすれば、法務省の人間がその機関のトップに置くことが予定される。法務省にはそもそも人権擁護局調査救済課というものもあるし、法務行政のプロ集団だからそのような人間を迎えれば一見、適任のように思う人もいるだろう。しかし、そんな期待はやめたほうがいい。法務省官僚、裁判官、検事、刑務官。これら法執行機関はすべからく「異音同義語」。そもそも法務省の幹部コースを歩くエリートは常に、司法試験をパスした東大出身の裁判官か検事だ。「判検交流」といって、裁判官をしたとおもったら法務省民事局にもどって法案作成に関わったり、行ったり来たりしている。そうして同じ釜のメシを食っているわけだ。現在の法務省次官の松尾邦弘氏も現在、最高検の次長検事である。松山地検検事正、東京地検次席検事、最高検検事を経て、1998年6月23日、法務省刑事局長に就任、99年の盗聴法成立の立て役者となり現職になったと言われている。法務官僚は「しがらみ」だらけである。一方、法務省プロパーはキャリアだが、トップには立てない。

そんな日本の実情もわかったうえではないと思うが、国際機関からは日本の人権状況についてしばしば勧告文書が出されている。一応、外圧だ。今年の7月にはロビンソン国連人権高等弁務官が人権擁護法案の前述の点についての信書を送っている。外局ではなくて、完全中立な機関にしろと。それでも、さすが「法解釈」のプロ集団である法務省は、換骨奪胎して今の人権擁護法案という形につくりあげたまま、通そうとしている。

内閣府が主管である個人情報保護法案はうるさいマスコミをごまかすためにマスコミ規制を棚上げにした。同じように法務省主管の人権擁護法案もマスコミ規制を凍結しようと小手先で回避して成立させようとしていた。

実際の外圧の中身といえばどうだったのか。再三注意を受けている日本の矯正行政(刑務所行政のこと)や入国管理局の人権問題に対しての監視機関を設置しろ、ということがそもそもの発端だったはず。外国人や囚人、犯罪者など、まあ立場の弱いものに対してタカピー(もしかして死語?)なニッポンの行政は先進国の中でも1,2位を争う劣悪さなのである。

ところが、『朝日新聞』が非常にタイミングよく名古屋刑務所の刑務官の暴行事件をぶつけてきた。本丸に関わる批判である。『朝日』の記者も「会心の出来」と思っていることだろう。いまや『毎日新聞』なども後追いをしている。いずれにしても人権擁護法案にかねてから批判的な新聞だ。『毎日』は防衛庁情報部が情報公開請求者を後追い調査までしていたことをスクープし、前国会での個人情報保護法案成立を断念させたことは記憶に新しいが、今回の名古屋刑務所事件が人権擁護法案に対してそのような威力を持ちうるだろうか。

ちなみに、本誌でも革手錠の話はたびたびとりあげたことがある。両手を前後にエルメスの革バンドのようなもので拘束し、ご飯も手をつかわせず犬食いさせたりするわけだ。日本は昨年拷問禁止条約を採択しているから、これに抵触するおそれがある拷問器具とも言われる。人間不自然な体勢で拘束されていると、身体がおかしくなる。余談だが、刑務所暮らしをした人間は、軍隊式の歩行をたたき込まれているから、道を歩いていても右向け右で直角に曲がってしまうという、笑えない話もあるくらいだ。

革手錠の問題は府中刑務所などでも訴訟になったが、刑務所の上部機関である法務省矯正局や矯正管区はよく言えば能力不足で気づかなかったのだろう。いや、やはり知っていながら容認してきたのではないか。ようするにこんな法務省に、人権擁護なんざまかせてもグダグダであることは推して知るべしだ。人権救済機関には、法務官僚の関わらない中立的な仕組みが必要なのだ。ぜひとも参加したい法務官僚たちもいるだろうが、その場合、大蔵省から金融行政を分離して金融庁への出向は後戻りのできない片道切符にしたように、一方通行にすればいいではないか。日本弁護士連合会も政府から完全に独立させるべきだと言っている。

10分でわかる人権擁護法案ということで、ざっくりいきました。
(平井康嗣)