きんようブログ 社員エッセイを掲載。あの記事の裏話も読めるかも!?

倒れゆく兵士

 その写真を見たとき、かすかに鳥肌が立った気がした。「死の瞬間」を撮った写真はほとんどないからだ。写真を見せてくれたのは、フォトジャーナリストの広河隆一さん。戦火が広がっているパレスチナから帰国し、写真の現像・焼き付けができたというので、事務所を訪ねたときのことだった。作品は、今週号(2月22日)の巻頭に掲載したので、じっくりと見ていただきたい。

「死の瞬間」の写真で最も有名なのはもちろん、ロバート・キャパ(1913~54年)がスペイン内戦で撮影した『崩れ落ちる兵士』(36年)だ。作家の沢木耕太郎さんは、この写真について『ロバート・キャパ写真集』(文藝春秋、88年)の解説で次のように書いた。

《キャパの代表作というばかりでなく、戦争写真の代表的な作品であり、草創期にあったフォト・ジャーナリズムのひとつの方向を決定した傑作とされている。(中略)だが、実は、これほど広く有名な写真もないが、同時にこれほど問題の多い写真もないといえるのだ。発表された当初から現在に到るまで、この写真の真贋についての議論が果てしなく続けられている。要するに、あれは「まがい物」ではないか、つまり現代風の言い方をすれば「ヤラセ」によるものではないかというのだ》

《戦場に出かければ、誰でもあのような死の瞬間が撮れるのかといえば、もちろんそのようなことはない。キャパも二度とあのような写真は撮れなかった。死の直前や直後の兵士の写真は何枚かあるが、銃弾を受け、まさに倒れる瞬間というような決定的な写真はついに撮れなかった。いや、それはキャパばかりではない。たとえば、「ライフ」に載った戦争写真の傑作を集めた『戦争』という写真集には、キャパやユージン・スミスをはじめとして、朝鮮戦争のデビッド・ダグラス・ダンカンやベトナム戦争のラリー・バロウズといった多くの戦場カメラマンの写真が満載されているが、その中には、キャパの「崩れ落ちる兵士」を除けば、ただの1枚も「死の瞬間」を撮り切ったものはない》

 このあと、沢木さんはさまざまな考察をし、《私はどちらかといえば、これが演じられたものではないかという側に与する》と結論づけている。

 引用が少し長くなったが、ここまで読んでいただけた方は、広河さんの「倒れゆく兵士」がいかに例外中の例外であり、貴重な写真であるかを理解いただけたと思う。もちろん、写真の価値は珍しさだけにあるのではなく、パレスチナ人の運命と悲惨を象徴していることにある。この写真は、フォトジャーナリズムの歴史に深く刻みこまれるはずだ。

 なお、広河さん自身のキャパへの思いは、広河さんのホームページのコラム(http://www.hiropress.net/column/011126.html)に掲載されている。一読をお薦めしたい。