きんようブログ 社員エッセイを掲載。あの記事の裏話も読めるかも!?

悪法国会 鳥獣保護法改正案の巻

今国会は一連の有事法制に個人情報保護法など、連日メディアが力を入れて報じている悪法(政府側が進めたがるが、市民側やNGOが協力に反対しているものが多い)がある。

有事法制にメディアが反対するのは条件反射だし、個人情報保護法案はメディア規制3法案の一つという俗称が貼られるようにメディアに危機意識があるからだ。いずれもメディアのアイデンティティと利害に関わる法律だから熱心に報道されるのである(私も条件付きだが両法とも廃案にしていいと思う)。もちろん両法ともひじょうに重要な問題をはらむ法律だが、報道の量と重要性は必ずしも比例しないとは言いたい。

そこで、地味ながら重要な悪法についてお知らせしたい。

ぐっとマイナーに鳥獣保護法改正案について報告する。

鳥獣保護法とは野生鳥獣の保護を規定している法律だ。

同法以外の野生動物の保護に関する法律といえば、「絶滅のおそれのある種の保存法」だけ。

野生動物の絶滅・減少や外来移入種の問題など、生態系という地球環境に大きく関わる問題に、日本では実効性のある法律は少なすぎる。

なぜ今、国会で同法改正案が審議されているかというと、同法が大正時代に定められたため全文カタカナなので、これを現代語に訳して読みやすくしようというのが発端。ついでにほかの条文もいじってみるという感じだ。

99年の鳥獣保護法改正では「特定鳥獣保護管理計画制度」をもうけて野生動物を各都道府県が適正に「管理」しているというが、実情は地元住民の裁量に近い。

「狩猟法」という法律を聞いたことがあるという人もいるだろう。

実はこれは鳥獣保護法の別称だ。

狩猟法(鳥獣保護法)は例外として狩猟を規制しているので、ハンター側では狩猟法と呼ぶわけだ。

現行鳥獣保護法ではどこでも狩猟ができるのが原則だ。

だから、「こんな市街地で」という場所で散弾銃をぶっぱなすハンターもいる。

この名称がまかりとおっていることからもわかるように、狩猟を規制することだけを野生動物の保護と考えているのが日本の野生動物行政の実情である。動物保護団体は管理猟区の制定そして野生生物保護法の制定を求めている。

一方で、里に下りてきた(というか、ほとんどの群が人里近い低地に拠点を移しているとの調査もある)クマやサルの有害駆除をしているのは、地元・猟友会のハンターたちだ。高齢化が進んで、数も減少している。「特定鳥獣保護管理計画制度」があるとはいえ、日本には野生動物を管理・保護する専門職がいない。

減少の一途をたどるツキノワグマなどの野生動物も、狩る事に関しては専門家でも生態系に関してはシロウトのハンターにまかせているのだから杜撰すぎやしないだろうか。

しかも今回の改正案では自由裁量である狩猟の範囲を拡大している。

そのほかにも改正案の問題点は多い。

「学術研究の目的」という言葉が非常に気になる。

鳥獣保護法では9条で捕獲許可が許される場合に「学術研究の目的」をあげ、23条の販売禁止鳥獣の規定では、「学術研究目的」と「養殖」目的ならば許可制で野生鳥獣の販売は許されるとしている。

野生動物を捕獲・資源化するための抜け道の一つだ。

前述の個人情報保護法案でも血液・遺伝子など身体に関わる個人情報も「学術研究」の目的で使用することは罰せられない。個人情報は医療産業にとって宝の山だからだ。

鳥獣保護法の「学術研究」と言っても「生息地調査のため」というならば、それなりの説得力はある。しかし、問題はたびたび事件になるように野生の猿を捕獲(密猟を含む)して脳神経医学研究用に販売されたりしている学術研究利用だ。これもフリーハンドにしてしまっては、どこが野生動物保護なのかと思う。

さらに、法案がいっさいの海洋ほ乳類を鳥獣保護法は対象外として除いていることも問題とされる。5頭くらいしか確認されていなという“沖縄の人魚”ジュゴンも除外される(つい最近も国連環境計画も早急にジュゴンを保護すべきとする調査報告書を出している)。

それにトド、アザラシなども捕獲して問題ないということになっている。過去にも、日本近海のラッコやカワウソも毛皮目的で乱獲され絶滅した教訓があるにもかかわらずだ。

そこで今回の改正案に海洋ほ乳類を保護対象として盛り込むべきだと動物保護団体は言っているわけである。(余談だが、「動物保護団体」を「動物愛護団体」というのは、いやらしいすりかえである。愛護ということで公の問題を個人の趣味の問題に矮小化させている。保護と愛護はベツモノだ)

もう一つ怒っておくと、個人的にはなんでもかんでも法律で規制・保護していくのは好きじゃない。基本的には自由にやれたほうがいい。でも、日本の場合は自由にしておく部分を規制して、規制すべき部分は自由になっているから不思議だ。

しかも、生態系は弱肉強食だから! “強い”動物として君臨する人間がなにしても許される! 動物が絶滅するのは自然の流れなんて考えるのはおかしい。そんなもの自然淘汰でもなんでもないと思うね、おれは。

もし、そんなことを言うのならば、社会や学校や会社など自分が受けているすべての庇護・保護を捨ててからいうべきだね。ES細胞だってクローン研究だってあんな非自然的行為も早いところやめるように主張するべきじゃないか。都合がよすぎる。

ところで、鳥獣保護法改正案は4月にあっさりと参議院を通過した。おそらく衆議院も通過するだろう。政党の行動パターンとして、重要法案ともされていない改正案で参院と反対の票決態度を各政党がとることは希なのだ。

永田町関係者に聞いても、約150本も法律が上がっているといちいち考えてられない、などの声も聞こえたりして、テキトウに通過した気配で2重にがっくりする。

かりに先進国並みの「普通の国」をめざすならもっと生態系に関心をはらったほうがいいと思う。

備えあれば憂いなしとかどっかの国の首相は言ったけど、転ばぬ先の法律はこっちでしょう。

野生動物にとっては常に人間に戦争をしかけられているようなものだ。

もちろん、そのときは人間がアメリカ合衆国の役(喜ぶ人もいるかもしれない……)。

人間の想像力のなさ+無関心さ+鈍感さに一番怒りたいですね。

三木睦子さんの本じゃないけど「毎日怒ることばかり」です。

職業が職業だからしようがないか。トホホ。

次回は禁断のクジラ問題でも書こうかな。
(平井康嗣)