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第24回「週刊金曜日ルポルタージュ大賞」佳作入選作

沈黙の坑口

「不可抗力」の名の下に、67人の坑夫が化石となった豊州炭鉱災害(福岡県川崎町)
53年目に辿り着いた〝真実〟とは

著者・肥後義弘

沈黙の抗口(縦書き・イラスト入り)PDFファイル
             

目次
プロローグ                            
第一章 「不可抗力」で処理された大災害 
1・火の見やぐらの半鐘
2・筑豊に君臨した男、上田清次郎
3・一人の遺体も収容されずに閉山
4・紙面に踊った「不可抗力」の文字
5・膨らむ疑念¦本当に大雨だったのか

第二章 なぜ私は再検証を思い立ったのか
1・私の生い立ち¦炭住に生まれ育って
2・織井青吾の取材姿勢に感化される
3・脳裏から離れない石井画伯の作品
4・住民運動から得た教訓
5・豊洲炭鉱災害の再検証に着手
6・大雨は「誤報」だった
7・ガンと闘いながらの調査

第三章 人災¦¦「複合災害」の証明
 1・原子力安全・保安院石炭保安室
 2・浸透破壊による堤防決壊
 3・福島原発事故との共通点
 4・参議院社会労働委員会の議事録
 5・盗掘が引き金となった地下爆発
 6・人命を無視した経営姿勢
 7・巨額な政府買い上げが内定していた
 8・守銭奴経営者による事故の連鎖
 9・政財界や黒社会とも通じた圧制のヤマ
 10・ヒューマニストの炭鉱転がし
 
第四章 再び事故現場を歩く
1・鉱夫たちの遺体を放置してはならない
2・67人の上に眠る清次郎
3・無名の英雄たち
4・永井渡の盗掘跡に立ち、想う

あとがき
参考資料・著者経歴   

プロローグ
2012年5月13日、日曜日の昼下がり。福岡県田川市の元三井病院跡地に出来た「田川文化センター」は1200人の市民で賑わっていた。
地元・筑豊炭田の労働実態を描いた炭坑絵師、故・山本作兵衛(1892~1984)の作品が、国内で初めてユネスコの世界記憶遺産に登録されて1年になるのを記念した式典が、文化庁長官や田川市長、ユネスコの担当官らが出席して開催されたのだ。
 「ヤマ(炭坑)の絵師」として知られた作兵衛は、父の後について7歳で炭坑に入り、以来、半世紀にわたって坑夫として働いた。やがて60歳になり子供のころ絵を描くことが好きだったことを思い出し、「孫たちにヤマの生活やその作業と人情を書き残しておこう」と絵筆を握った。92歳で亡くなるまで、2000枚もの絵を描いたといわれる。
 その絵心は、幼いころに観た紙芝居を思い起こさせる。「ツルハシで石炭を掘り出す上半身裸の男女」など坑内の様子を描いた作品から、「男女混浴の入浴」「炭坑を訪れた軽業師」といった日常生活の風景まで、すべて自らの経験や伝聞がベースとなっている。絵の余白に味わいのある説明を書き加えているのも特徴的だ。
 その魅力について、長年にわたり作兵衛の作品を世に広める取り組みをしてきた画家・菊畑茂久馬は「既存の美術作品にはない、原始的な力があふれている」と語る。

(さらに…)