きんようブログ 社員エッセイを掲載。あの記事の裏話も読めるかも!?

「棒の手紙」と『追伸』

「棒の手紙」が流行ったことがあった。7、8年前のことだ。「不幸の手紙」の変形で、「12日以内に文章を変えずに28人に出して下さい」「あなたの所で止めると必ず棒が訪れます」などと書いてあり、手紙を止めたために殺されたり、1億円の借金を抱えたりした人がいると脅かしている。

 いわゆる「不幸の手紙」の連鎖の途中に、字の汚い人がいたらしく、「不」と「幸」がくっついて「棒」に誤読されてしまった。しかも「文章を変えずに」という指示があるため、意味不明にもかかわらず、次々と「棒」が書き写されていった。そして、その数がしだいに増えて「不幸の手紙」を超え、ついには「棒の手紙」ばかりになってしまったという。

「棒の手紙」があることは知っていたが、それを詳しく分析している人がいるのを知ったのは最近のことだ。SF作家の山本弘さんで、ホームページ「山本弘のSF秘密基地」のなかに掲載されている。(URLhttp://homepage3.nifty.com/hirorin/bonotegami.htm

「不幸の手紙」、まして「棒の手紙」が届いたという話をこのごろ聞かなくなった。やはり、インターネットメールや携帯メールに取って代わられ、手紙を書く人が減ったからだろう。「不幸の手紙」が気持ち悪かったのは、一通ずつ手で書き写された、暗い情念がこもっていたからではないかと思う。「怖くて捨てられない。だけど、書き写して知人に出すのも嫌」などという悩みが結構あった。電子メールで届いても、単なるいたずらのチェーンメールと、軽くいなされる気がする。もちろん、「不幸」が「棒」に誤記されることもない。

 こんなことを考えたのは、本誌で『小さな話』を連載中の森雅之さんの新刊『追伸 二人の手紙物語』(バジリコ株式会社)を読んだのも一因だ。作品自体は1988~89年に『まんがライフオリジナル』に連載されたもので、15年後の今年6月、初めて単行本となった。

 札幌と東京に離れた恋人同士の手紙のやりとりがせつなく、ていねいに描かれている。2人の部屋にはそれぞれ電話があるが、長距離恋愛なので、手紙が多く行き交う。そして、綴りきれない思いが、「追伸」に託される。やはり書き言葉には、いろいろな思いが、行間に、追伸に、さまざまなかたちで込められているのだ、とあらためて思う。もちろん、『追伸』で描かれる思いは、「不幸の手紙」に込められた暗い情念とは正反対だ。

 3カ月ぶりに再会した後の手紙で、彼女はこう書く。
《追伸 じゃあねって握手して、うれしかった!まだ、手の中に山田さんいます!》
 この手紙に対する彼の返信の追伸はこうだ。
《追伸 こちらの手の中の小林さんも元気です。元気すぎて、困ってます》

 あとがきで森さんはこう振り返っている。
《こんな古くさい恋人達の話が現在に通用するのかと思いましたが、心配は無用でした。「描かれた時に、もうすでに古い恋人たちだった」という、友人からのありがたい指摘があったからです。
 さて、ではあとは、どこかの町でまだいるであろう懐かしい恋人達に、このストーリーが十五年遅れの手紙として届くことを、願うだけです》