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第19回「週刊金曜日ルポルタージュ大賞」佳作入選作

この壮大なる茶番

和歌山カレー事件「再調査」報告プロローグ

片岡 健

 

 和歌山カレー事件の発生は今から一〇年前、一九九八年七月二五日のことだ。和歌山市郊外の園部という町で催された夏祭りで、ヒ素が混入されたカレーを食べた六七人がヒ素中毒に罹患し、うち四人が死亡した。この事件の被告人・林眞須美(四七歳)は、一、二審で状況証拠のみ、動機も未解明のままに有罪・死刑判決を言い渡されたが、今も無実を訴えて上告中である。
 本稿は、公判記録などを元にこの事件を再検証した結果の一端を報告するものだ。最初に表明しておくが、私はこの事件を冤罪だと思っている。この事件が冤罪と聞き、ピンとこない人も多いだろうが、公判でも林眞須美が犯人とは断じがたい事実が数多く明らかになっている。それが、報じられてこなかっただけである。
 ただ、規定の紙幅で同女の無実を論証し尽くすのは、私の筆力では難しい。そこで本稿の目標にしたのは、事件発生当時に洪水のように報じられた同女の保険金殺人・殺人未遂疑惑――夫や知人にヒ素や睡眠薬を飲ませ、保険金を詐取していたらしい――に関する誤解を少しでも解くことだ。あの「別件」の疑惑が、同女がカレー事件の犯人だという世間の予断の大本と思えるからである。
 結論から言うと、この事件の初期報道は大半がデタラメで、林眞須美は保険金詐欺はやっていたが、保険金目的で人の命を狙った事実は一切ない。本稿によって、少しでも多くの方がそのことを理解し、同女がカレー事件の犯人だという思い込みを捨ててくれることを私は期待している。
 ではまず、林眞須美の保険金殺人・殺人未遂疑惑がどんなものだったか確認しておこう。これは「別件」の疑惑ではあるが、裁判でも、カレー事件の状況証拠として有罪の立証・認定に使われている。
 公判で検察は、同女が夫や知人ら計六人に対し、保険金目的でヒ素や睡眠薬を使用した事実がカレー事件以前に計二三件あると主張。うち六件が一、二審で同女の犯行、もしくは関与があったと認定され、「被告人は、人の命を奪うことに対する罪障感、抵抗感が鈍磨していた」(二審)などとして、カレー事件の有罪判決の根拠にされているわけだ。
 しかし公判では、検察が主張した林眞須美の保険金殺人・殺人未遂疑惑二三件は、根本から大嘘だとしか思えない事実が次々と明らかになった。以下、被害者とされた六人について、一人ずつ論証する。

(さらに…)