1571号
2026年06月05日
▼小学校で壮絶ないじめを受けたので中学入学時、その標的にならないことを決意した。子ども心に自分の所作が人の鼻につくのだと分析し、己を消して道化を演じた。授業でわざと間違えたり、丸坊主で遅刻したりするとクラス中が涙を流して笑ってくれた。その振る舞いが安全を与えてくれたのだ。
ある日、母の書棚で偶然手にしたのが『人間失格』。主人公が鉄棒でわざと失敗し、同級生に「ワザ。ワザ」と囁かれる場面。「これは自分のこと」だった。作品にある通り「地獄の業火に包まれて燃え上る」心地になり、発狂しそうな衝動を抑え込んだ。以来太宰に引き寄せられ、親友の突然の自死による慟哭も重なり深みにはまった。だが社会に出ると日常に追われ、心の深淵にふれるページを開くことが辛くなる。12年前の引っ越しで蔵書を処分したが、転居先は以前も住んでいた三鷹だった。ただ太宰が眠る禅林寺には一度足を運んでみただけだ。
本誌でよもやの太宰特集。不器用で弱く、他人の痛みに敏感すぎたその魂は、私の人生の通底を形成している。そういえば処分した文庫本は文字が小さかった。還暦を過ぎた今、活字の大きな現代版で、久しぶりにあの「痛み」と再会してみようかしら。(町田明穂)
▼大型連休明けの土曜日、東京都杉並区善福寺の「蔵書室ふもと」であった「ラジオぱちぱち」の25周年記念放送に参加した。同局は地元の小学校や児童館に子どもを通わせていた親たちが免許不要のミニFMとして2001年に開局。後にネットラジオに移行したが、月1回、第2土曜日の番組配信を以後も続けて、ついに四半世紀に。
今では子どもたちも成人し孫が生まれる頃となったが、メンバーは今もマイペース。人気連載コーナーの紙芝居「黄金バット」は約20年前に私が初めて見にきた時に確か50作目ぐらいだったのが、今回で143作目とか。花見の頃には近所の駐車場、近所の公園にも繰り出し屋外から放送。時折ふらりとのぞきに行く私も「どうぞどうぞ」と番組中に招き入れられ、今回もメンバーのお宅で夜遅くまで開かれた反省&懇親会にまでお邪魔して、楽しいひと時をご一緒することに。
いわゆる正規の放送局でも営利企業でもNPOでもないけれど、こうして地域の人々が仲間同士で無理せず楽しみながら続いているメディアがあるのだ。新聞や雑誌など大手メディアの改廃の話題が続く昨今だけに、その存在に癒やしと頼もしさを感じた次第。(岩本太郎)
▼学生時代、下宿の真ん前が女将一人でやっている居酒屋で、そこに集う連中はみんな「おかあはん」と呼んで慕っていました。あるとき、おかあはんが寂しげに呟きました。「あんなぁ。Kさん、今度アメリカはんのカリフラワーというとこに行くんやって」「カリフラワー?」。たまたま本人が来店し、「カリフォルニア州や」と答えて、疑問は氷解。スタンフォード大学に留学するとの話でした。
Kさんは、飲み仲間の中ではひとまわり年上の大学助手。1960年代当時、米国統治下の沖縄から日本の大学に留学。ただ、学生闘争真っ盛りの頃で、思うような勉学ができずに沖縄へUターン。兄が働く工場で2年間アルバイトをしながら勉強し、細菌血清研究室に入った苦労人でした。
「米国の大学で研究してノーベル賞をとる」と言って渡米した彼を見送って間もなく、おかあはんは帰らぬ人となりました。数年後、帰国した彼と女将の墓参りに行ったときのこと。マスクをして鼻をズーズーやっています。「どないしたんや?」「向こうで花粉症になったんや」。花粉症という病気のことを、初めて知ったのがそのときでした。Kさんも亡くなって、もう4年になります。「言葉の広場」7月のテーマは独立250年の「米国」です。(秋山晴康)
