週刊金曜日 編集後記

1582号

▼週末、東京・池袋で開催された「2026国際芸術交流展 美がつなぐ4700マイル」に行った。日本の市民による絵画や書などとともに、あでやかなペルシャ絨毯や花瓶などが会場を飾っていた。イランとの芸術交流の一環だ。

 昨年の11月に開催が決まったが、今年2月の米国による攻撃のため、開催が危ぶまれたという。

 本誌の読者である新井竹子さん(91歳)から案内をいただいていた。一番奥のコーナーに新井さんの作品をみつけ、顔がほころんだ。近くに座っていらっしゃる方がご本人だろう。10年来の"手紙友達"だが、会うのは初めてだ。

「平和願う 心強めて連帯し 語り合いましょ 読書もしましょ」

 教員を長年され、日本国憲法を心の礎としてきた新井さんらしい短歌だ。その墨書きや、今は亡きご子息、仁史さんによる哲学の書の一節が、ハータム・カーリーと呼ばれる象嵌細工で装飾を施されて展示されていた。テヘランの南のエスファハーンでつくられたものだが、「2月から6月まで飛行機が飛ばなくなって心配しました」と展示の発案をされた中嶋靖卓さんは言う。新井さん自身、この会場で初めて装飾を見て感激されたという。困難を乗り越えての開催、関係者のお顔がよけいに晴れやかに見えた。(小林和子)

▼「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展」のチケットが当たったので、9月は大阪に行くことになった。ちょうど大阪で見たいライブもあり、俗に言う「遠征」というやつである。

 数年前、オランダのアムステルダムに行ったとき、国立美術館でフェルメールの絵を見た。それらは「真珠の耳飾りの少女」ではないが、「真珠の~」同様、世界的に有名な絵であった。ところが実際に見てビックリ。「ちっさ!」。想像よりも小さかったのだ。「モナリザ」を見たときもそうだったのだが、どうも「有名な絵=大きな絵」と思い込んでしまうふしがあり、この性癖はどうにかしなければ。ゴッホ美術館では、ゴッホが浮世絵に傾倒していたことを知った。ふむふむ、勉強。

 ところでアムステルダムといえば、ソフトドラッグ。町のあちこちにコーヒーショップ(ソフトドラッグが売買され、その場で吸える店)があり、店の周辺はドラッグの匂いが漂っていた。はじめのうちこそ「これがあの匂いか」と珍しがっていたが、日を追うごとに、匂いをかぐと気持ち悪くなるようになってしまった。ホテルでも、「ドラッグ禁止」と張り紙があるにもかかわらず、廊下はあの匂いで満ちている。アムステルダムは素敵な町だけど、これはちょっと......と思ったものでした。(渡辺妙子)

▼8月9日に東京の映画館、「ユーロライブ」で映画『東京裁判』(小林正樹監督、1983年)を見ました。毎年、8月中旬に上映されていることは以前から知っていましたが、4時間半を超える長尺にずっと尻込みしていました。しかし、まったくの杞憂でした。本作は当時の映像をつなぎ合わせて構成されたドキュメンタリーなのですが、巧みな編集と臨場感あふれるナレーションに圧倒され、気が付けば最後まで見ていました。

 戦前日本の軍国主義者たちを裁いた米国やソ連はその後、朝鮮半島やベトナムなどで戦争を重ねます。本作は戦後の映像を交えて「東京裁判」の意味を鋭く問い直します。正義とは、なんなのか。考えずにはいられませんでした。

 配給した「太秦」の小林三四郎代表は上映後のトークで「敗者は映像を持たない」という映画監督、大島渚の言葉に触れ、「本作の映像素材の大部分は外国から購入したものだ」と語っていました。「従軍経験のある小林正樹監督は、歴史を次世代につなげたいという強い思いを本作に込めたのだろう」とも。客席には、20代と思しき若者が少なからずいました。来年も見にいきたいです。(渡部翔太)