週刊金曜日 編集後記

1545号

▼ウトロ・アートフェスティバル2025。古川美佳さん執筆の今号原稿を担当編集者として読み、「行かない選択肢はあり得ない」と腹をくくり、先週末、遅まきながら現地へ。

行楽シーズン真っ只中の連休の京都とあって覚悟はしていたが、人、人、人。宿泊も京都は当初から対象外で、琵琶湖畔のゲストハウス(ドミトリー!)をとった。最寄り駅に降り立つと人っ子ひとりいない。ちょっと不安になり、案内板で確認して道に出ると、いきなり鹿が飛び出してきた。とてもびっくりしたが(鹿もびっくりした様子)、熊でなくてよかったと、後から胸をなでおろした。

まず訪れた会場の一つ、ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川で展示されていたビデオ作品《基本舞》に釘付けに。人の身体が表象しうる世界の豊かさに圧倒され、一瞬で心が解放された思いがしたのだ。古川さんの原稿の当該記述を反芻して繰り返し作品を見た。「鳥」の描写も今回のフェスのテーマ「移動、暮らし、希望」に沿っていていい。オープニングにはパフォーマンスが行なわれていたことを思い出す。どうせなら時期を合わせてきていれば......。ちょっとした「移動」さえ億劫に思うわが身を呪った。(小林和子)

▼アイスランド女性の9割が参加したという1975年10月24日のストライキ(11頁参照)を振り返るドキュメンタリー映画『女性の休日』には勇気づけられる。世界に不寛容と分断がはびこる現在、考えや立場を超えた女性の連帯を描いたこの映画に学ぶことは多い。

実態はストライキなのに名称が「女性の休日」になったのは、右派の女性たちが「ストライキは嫌。共産主義みたい」と反発し、「それなら『休日』はどう?」と提案した人がいて「それならいい」となったからだという。「ストライキなのに『休日』だなんて」と反発した人もいたが最終的に受容。証言者が「つまり妥協したの」と言うシーンでは笑いが起きた。社会には実に多様な考えの人がいて、こういうこと起きるよね、わかる~という共感の笑いだった。いずれにしても右派の女性たちも賛同し、参加した事実は大きい。無謀と言われてもあきらめず、対話を繰り返し、異論も包摂して実現させた彼女たちを尊敬する。

映画には「最初は無視され、次に笑われ攻撃される。最後に勝つ」という言葉が出てくる。確かに既存の概念や権力に異議を唱えると、無視され、嘲笑され攻撃される現実がある。でもあきらめなければ「最後に勝つ」ことを歴史が教えてくれている。(宮本有紀)

▼昨今の熊被害の報道を見ていて、本誌でコラムを執筆している内田樹さんの5年前のX(旧ツイッター)の投稿を思い出しました。

「里山の過疎化は『自然の逆襲』という現象を取ると僕は予測しています。いったん里山の緩衝帯機能が失われたあとになってから、自然の圧倒的な繁殖力を抑制するには莫大なコストを要します」(2020年10月20日投稿)

私の父は、森林関係の仕事をしていました。北海道・斜里町の実家の玄関には、山に入る時に持っていく熊対策のスプレーが置いてあったのを覚えています。今年の夏に帰郷した際に父に熊について聞くと、30年間山を歩き回った中で遭遇したことは一度もないとのことでした。

「熊被害」は、人間と自然を隔てる緩衝帯が失われた影響なのでしょうか。だとすると、求められる「熊対策」とは、なんなのでしょう。

たとえば私の地元では、「しれとこ100平方メートル運動」と称して寄付金を募り土地を買い、植林して乱開発に抵抗する取り組みを継続してきました。

こうした人間と自然の関係を結ぶ地道な営みが求められているのではないかと思う今日この頃です。少なくとも自衛隊出動とかではないのでは、と。(渡部翔太)