週刊金曜日 編集後記

1588号

▼昨年実施された国勢調査で富山市が人口を水増ししていた疑惑が報じられた。驚きはあったが、なんともやりきれない思いもする。

 国勢調査は5年に一度行なわれる国の施策の基幹となる統計だ。政治・行政だけでなく、民間企業の経営や研究にも利用される。動機は不明だが、地方交付税でみれば、"水増し効果"は約6000万円ほどという。富山市が謳ってきた「40万人都市」の「40万」維持のため、長期にわたる組織ぐるみとの疑いも拭えないようだ。

 やりきれないと思った理由は二つ。一つは2018年末に報じられた厚生労働省「毎月勤労統計」不正問題でも抱いた"国が壊れていく"感覚。もう一つは人口減の時代に自治体が潜在的に抱く危機意識のようなものを感じたことだ。

 8月末、富山市を通ってその隣の南砺市利賀で開催された演劇祭に行った。鈴木忠志氏が主宰する劇団SCOTの「サマー・シーズン2026」だ。劇団創立60年、利賀に拠点を移して50年を記念する公演にあたる。「過疎地の用心棒」を自称して地域とともに生きてきた鈴木氏は、利賀に立脚して世界に視座を置く演劇を発表している。今回の事態を鈴木氏ならなんと言う? 小手先の弥縫策に、ただ笑うだけだろうか。(小林和子)

▼本誌10月2日号の「宮城・気仙沼 大震災が変えたインフラと暮らし 巨大防潮堤は必要だったのか」と9日号の「福島の原発事故後も 三重で『農』を生きる・村上真平」は、いずれも「3・11から15年」連載企画の一環です。私は40年前から福島県相馬市の友人家族と交流があるほか、ここ数年の旅行は気仙沼やNHKの朝ドラ「あまちゃん」(2013年)で知られる岩手県久慈市ばかり。三陸鉄道も大好きです。

 気仙沼の防潮堤問題を取材した佐藤昌明さんは仙台在住。ありがたい出会いです。メールでは味気ないので、電話で頻繁にやり取りをしました。東北の訛りがある佐藤さんの声は朗らか。「多くの住民が高台へ移転した地域に巨大防潮堤は不要」と佐藤さんの主張は明快です。本誌発売後に電話があり「推進派だった人からも良い反響があった」とのこと。仙台で乾杯しようと約束し合いました。

 市井の人々が東日本大震災と福島第一原発事故の被害で苦しみ続けている一方、福島や被災地の人々を「棄民」したとしか思えない判断を取り続ける政府には、憤りを禁じ得ません。原発事故の自主避難者に対する借り上げ住宅の賠償請求問題も取り上げていく予定です。(鎌田浩昭)

▼2024年9月から刊行が始まった『鎌田慧セレクション─現代の記録─』(皓星社)が完結しました。最終巻の12巻『拾遺 単行本未収録文集』は9月発行です。

〈わたしは、この巻に収録した「都電撤去反対運動」のルポルタージュ執筆を経て、フリーライターになった〉(12巻あとがき)。このルポが『新日本文学』に発表されたのが1967年3月ですから、鎌田さんのルポライター歴は60年になります。私は、『六ヶ所村の記録――核燃料サイクル基地の素顔』(現在は岩波現代文庫収録)はじめ、多くの著作を愛読してきましたし、『週刊金曜日』には100回以上ご登場いただき、あまたの現場にご一緒しました。

 鎌田さんは、同巻で本誌初代編集委員の故石牟礼道子さんの言葉〈(東京の文学は)心の襞というのか、デリカシーが限りなくたりないような、もっと人間のこころというのはちがう(本誌2006年9月1日号)〉を紹介し、〈自然の声、水俣死者たちの声を、こころで聴き、地方住民の現実の言葉で描く、あたらしい石牟礼文学が誕生した〉と書いています。鎌田さんは人物評も優れています。

 活字の力を信じ、いまも執筆を続ける鎌田さんに敬意を表するとともに、微力ながら背中を追いたいと思います。(伊田浩之)