週刊金曜日 編集後記

1587号

▼脚本家の倉本聰さんが9月18日、91歳で亡くなった。昨年夏、ドラマ「北の国から」のロケ地を訪ねたことを思い出す。ドラマの企画書には「自然の片隅に、都会で育ったものを放り込んだら、彼らは一体どうするだろうか」とあった。主人公、黒板五郎は当時の倉本さんそのものだったのか。

あるテレビ番組で、倉本さんが"森の師"と仰ぐネイチャーガイド・金澤晋一さんと対談していた。人間の「五感」に対して植物は「20感」あり、「木にも性格がある気がする」と倉本さんが言えば「間違いない」と金澤さん。たとえばクルミはほかの木が生えにくい物質を出すなど排他的だが、「自然は一部のものが莫大に繁殖しないように森をつくる」ためクルミを阻害するものも出てくる。これは「多様性がなくなり森が弱くなるから」で、すべての生き物に言えることだという。倉本さんは「木は話し合いするのかね」とも。

 そんな話になるのも、倉本さんが主宰した「富良野自然塾」で番組が収録されたからか。ゴルフ場跡地を森に還すため植樹を行ない、現在は木々に囲まれるまでになり、鳥がさえずる。倉本さんは富良野で暮らすうちに音に敏感になり、耳が動くようになったとか。自然に近い場所にいると、人も自然に還るようだ。(吉田亮子)

▼9月7日に先輩が亡くなった。ライターで音楽プロデューサー、ラジオDJの鷲巣功さん(72歳)だ。私より10歳上で、ジャンルもまったく異なる方だが、実は私と同じ静岡市出身で、しかも中学・高校と部活動が同じ。十数年前、同じ出版業界誌で連載記事を担当したことで知り合い、以後「よう、元気かよ?」と時々飲みの席まで誘っていただける間柄だった。

 高校時代には地元での伝説的なバンド「静岡ロックンロール組合」で活動。上京後はエフエム東京の草創期の番組制作に携わり、自身も番組でマイク前に立つなどして活躍した。他方、河内音頭研究家としても知られ、現在でも夏場に東京の首都高高架下を会場に毎年開かれる「すみだ錦糸町河内音頭大盆踊り」では長らく運営団体の議長を務めるなど、その活動領域は音楽業界を超え多岐に及んだ。

 ラジオの仕事では、鷲巣さんは自らをパーソナリティではなく、DJ(ディスク・ジョッキー)と呼んだ。久しくお会いしない間に、自らもコミュニティFMの番組で気がつけば定期的に話すようになっていた私は先日、前述の業界誌で鷲巣さんが以前「DJ」への思いを綴った一節を朗読。先輩、及ばずながらその魂、私も受け継ぎますよ――と。(岩本太郎)

▼先日、「アイボ」を連れている人に初めて遭遇しました。女の子だそうで、ピンクのボディに猫耳、お目々はまつエク(まつ毛エクステ)バッチリ、オーナーさんとおそろいのピンクのレースとフリルのワンピースを着て、うわー、超かわいい! 「こんにちは」と言うと、ちょっとうるうるした目で私をじっと見つめてきます。

 オーナーさんは「ちゃんと人を識別するんですよ」とのことで、私はじっと見つめられ続け(うちの猫だって、こんなに見つめてくれない)、学習されたかな? もっとも、もう二度と会うことはないと思うので、「ごめんねー、無駄な学習だね」って謝りました。「アイボかわいいなー」とは思っていましたが、実物がこんなにかわいいとは。

「販売終了は残念ですね」と言ったら、「でもサポートは続くし、この子はずっと私といますから」とのお答え。本当に家族の一員なんですね。幸せなアイボ。その後、アイボのサイトで里親制度があることを知り、うちに猫がいなかったなら(うちの猫は人見知りが度を越しているので、アイボとの共生は無理でしょう)、もっと早くあのアイボちゃんに遭遇していたなら......と、いろいろ想像してしまうのでした。(渡辺妙子)