1535号
2025年09月05日
▼先日、帰宅すると同居人に「20周年おめでとう」と声を掛けられた。一瞬、何かの記念日を失念したかと背筋が凍るが、合点がいった。その日は『週刊金曜日』のスタッフとなって20年が経った日だった。
入社するにあたっては「戦争はイヤだ」の一念だった。反戦ビラを投函したら逮捕・勾留され、教員が「日の丸・君が代」を拒否すれば処分されたその当時、右に振れた座標軸に恐怖を覚えた。戦争が始まるのではないか? そんな状況から脱するためにはどうすれば良いのか? 出版社の営業として考えられるおおよその職種「書店、広告、直販」を経験した自分のできること。それは『週刊金曜日』の部数を伸ばすことではなかろうか? そんな思いに至って「金曜日」の門をたたいた次第だ。
そして20年、この国の劣化は記すまでもない。世の中の座標軸は右に振り切って付け足しても追いつかない始末。そして本誌の部数も息絶え絶えだ。
これまでも本誌の部数は緩やかに減少を続けてきたが、「原発事故」や「朝日新聞攻撃」等の際、回復の兆しを示すことがあった。この危機の最中、その兆候は見られない。いま何かをしなければともがく毎日だ。(町田明穂)
▼銭湯が好きです。1週間に少なくとも3回は行きます。ネットで見つけた少し遠方の銭湯まで行くこともあります。とはいえ銭湯にはまったのは最近のことです。
きっかけは3年前、前職の職場の近くにあった銭湯に入ったことです。仕事帰りに前を通ると「今日で閉店します」との張り紙が目にとまったのです。そこには、大人ひとり分くらいの大きさの泡風呂がありました。細かな泡が全身を包み込み、なんとも気持ちがいいのです。あれからいくつも銭湯を回りましたが、あの泡風呂の代わりは見つかりません。
湯船の形や湯の温度、沸かし方も、その空間に漂う雰囲気も銭湯によって異なります。閉店した銭湯は、脱衣所が社交場のようになっており、常連の皆様が裸でいつまでも話し込んでいたのを印象深く覚えています。
「全国公衆浴場業生活衛生同業組合連合会」が公表している「組合加入銭湯数の推移」を見ると、現在の組合加入銭湯数は1562軒(2025年4月1日現在)。最も多かった1968年の1万7999軒(全浴連調べ)と比べて9割以上も減っています。
「銭湯の数だけ世界がある」と感じている私には、つらい現実です。
(渡部翔太)
▼先日、知人らと宝塚歌劇月組が来年、『三国志炎戯「RYOFU」』の公演を行なうという話で盛り上がりました。「RYOFU」は、呂布のことで、三国の騒乱期を駆け抜けた剛勇をもって知られる武将の一人です。そこから、派生したのが「『三国志』では誰が好きか?」の話題。私は魏の郭嘉と呉の周瑜に興味があり、周瑜については、足跡をめぐる形で中国の上海から蘇州、無錫、鎮江を経て南京まで旅したこともあります。
学生時代から中国の史書を読み、『水滸伝』などは、時の宋王朝に反抗して梁山泊に集う108人の"英雄"をすべて暗唱したりしましたが、今からすると、あの無駄な努力と情熱は何だったんだろうと思います。社会に不満を持ちつつ、時間を持て余している根なし草の頃ですから、梁山泊が掲げる「替天行道」の4文字が心に響いたのでしょう。
日本では奈良時代、江戸時代等の史書を漁りました。一つ読むと、「これも、あれも読まなければ」と、次から次へと目移りし、本が一冊一冊増えていきました。
いまの編集の仕事が一段落したら、書庫にたまっている未読の史書などのページをめくりながら日暮らししたいと考えています。10月の「言葉の広場」のテーマは「読書」です。(秋山晴康)
