週刊金曜日 編集後記

1533号

▼8月15日、日本は敗戦から80年の節目を迎えた。石破茂首相は全国戦没者追悼式の式辞で「進む道を二度と間違えない。あの戦争の反省と教訓を、今改めて深く胸に刻まねばなりません」と述べた。

 13年ぶりに首相の式辞に「反省」の言葉が復活したが、その反省が誰に対してのものなのかを石破氏は明言しなかった。当日の『産経新聞』は、〈「反省」の対象は「アジア諸国への加害」ではなく、戦争へ進んだ道〉であると報じた。

 植民地支配と侵略に対し「痛切な反省の意」と「心からのお詫び」を表明した1995年の村山談話以降、2012年まで歴代首相は「加害の歴史」に言及してきた。

 しかし、安倍晋三首相(当時)はそれを踏襲せず、「子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と主張し、「謝罪外交」に区切りを付けようとした。自民党の一部保守派はそれを支持し、今回石破氏が談話を出すことに強く反対していたが、本来、謝罪が十分かどうかの判断は加害者側がすることではない。昨今は国会議員から沖縄戦や核兵器などをめぐる不見識極まりない発言が相次ぎ、歴史修正主義や右傾化の風潮が拡大している。加害の責任に向き合わない限り、日本はまた進む道を間違えるだろう。(尹史承)

▼非暴力抵抗運動特集の君島東彦さんと想田和弘さんの対談場所は立命館大学国際平和ミュージアム(京都市)の一室。対談のあと、館長でもある君島さんにミュージアムをご案内いただきました。

 長い通路の壁には近代日本の歴史が年表として戦争以外の事柄もあわせて描かれ、下段の世界の年表と見比べて、「その頃の世界は?」と想像が広がりました。

 テーマ展示の「帝国日本の植民地・占領地」では、広大な日本の植民地にあらためて驚き、言葉を奪う植民地政策の罪深さを思いました。戦時の暴力による加害や被害に目を奪われがちですが、文化の剥奪も忘れてはいけない加害だと感じました。

 心に残ったのが1階にある無言館京都館の展示でした。長野県上田市にある無言館の分館で、関西地域に関連する戦没画学生の作品を中心に、遺作・遺品が展示されていました。

 頼もしそうな顔、真面目そうな顔、おとなしそうな顔、それぞれの作品に添えられた遺影や、戦地から家族に宛てた手紙などから一人ひとりの個性がうかがえ、そこに生きていた唯一無二の存在であったことが伝わります。その家族を失った遺族の無念が胸に迫り、本当に戦争はあかんと思った京都訪問でした。(志水邦江)

▼相変わらず、編集部の界隈で食事をし、味の出来にかかわらず「ごちそうさまです。おいしかったです」と言い勘定を払っています。古い蕎麦屋が多いこの町で前回と違うお店に入りました。食べ終わる頃、入店した80代ほどの男性が隣の席に。立ったまま厨房の奥を見つめ「店主呼んでくんないかなあ」と声を発しています。目の前にいる老店員は何もしません。周りの客は聞こえないふりをしていますが、僕は尋ねました。「常連だったんですか」「あの店員は新人だからわかんないんだよ。前はいなかった顔だもの。60年前、僕はこの辺りに勤めていて、よくこの店に来てたんだ」。久しぶりに人形町へ来たので、わざわざこの店に寄ったそうです。早く編集部に戻って仕事を、と考えるのは不人情。彼とノスタルジーを共にすることにしました。「どんな仕事をしてたんですか」「この町は呉服街で店が4000軒もあった。自分より高給料の同僚がいた。仕事を辞めたくなかった」。記憶力は抜群です。彼の蕎麦が来ました。麺がのびてはいけないので「おいしかったです」と言って帰りました。さて、彼は店主と再会できたのでしょうか。そして、隣の風変わりな者との会話を楽しめていたのでしょうか。(鎌田浩昭)