週刊金曜日 編集後記

1532号

▼京都国際マンガミュージアムが10年前に開催した「マンガと戦争展」も興味深い内容だったが、今回の「マンガと戦争展2」では、戦争を含む社会問題とエンタメを絶妙に融合させている作品が多くなったという印象を抱いた。

 1996年生まれの高妍さんによる『隙間』(KADOKAWA)全4巻もその一つ。作者を投影した台湾出身の主人公は、ある時、自国の負の歴史が教科書には載っていないことを知る。その後沖縄に留学し、日本も同様だと気づいて「大人たちが自分の立場を理由に言い方を変えて歴史の真相を捻じ曲げる」「それは世界中で起きていることなのかもしれない」と思う。

 と書くとお勉強漫画のようだが違う。恋愛や人間関係に悩む若者たちの生活と揺れ動く感情が美しい絵で描かれ、その中で社会問題が登場するのだ。とても自然で説得力もある。制服姿の高校生が会場脇でこの本を読み耽っていて、1巻読み終わると走って次の巻を取りに行き読む、を繰り返していたことが、この漫画の引力を物語る。

 戦争体験者が高齢化し、戦争の記憶の継承が課題となる中、このような作品を20代が描き、10代が熱心に読んでいたことに希望を抱く。「ペンは剣よりも強し」を信じられる光景だった。(宮本有紀)

▼言論をカネで買うのは間違っていると思いながら、"言論"が金持ちに買われ、言論界が権力者に支配されていく姿を私たちは日々見せつけられている。拷問も受けないのにカネや権威にひれ伏し、自らの言論を売るような輩には軽蔑を贈ってやればよい。が、労働力だけでなく、性も愛も芸術も、あらゆるものが商品化されていく社会で、言論もまた商品化を免れない。そんな"言論商品"で「表現の自由」は本当に守れるのか?

 自由に話す者に、札束でビンタを張ろうとする権威主義者や権力者と「言論の自由市場」で闘うには売買の主体性の維持も必須だ。Our Planet-TV(アワプラ)・白石草代表が、東大教員から「同TVの報道で傷つけられた」として500万円を求められたという本誌記事(6月20日号)に考えさせられた。

 かつて「株式会社」朝日新聞社に記者として在籍していた時、ジャーナリズムと資本制生産様式による営利支配の経営は矛盾すると提言した。本誌創刊者の本多勝一も経営形態には苦しんでいた。経済体制としての社会主義には一定の評価をしていたが、機関紙は自由なジャーナリズムではない。アワプラのような非営利NPO法人経営がよりマシだ。(本田雅和)

▼6月27日号の編集後記で「本を買いに本屋さんに行っても気持ちが萎えて、結局、何も買わずに帰ります。こんなときどうされますか?」というようなことを書きましたところ、何人かの方からご返事をいただきました。ありがとうございます。いろいろと示唆に富むご意見をいただき、単に「本を買う」という行為に多くの方が特別な思いを見いだしているのだなあと、感慨を覚えました。たかが本、されど本、不思議ですね。

 ご意見の中に「小さな本屋に行ってみては?」というのがありました。私もできたらそうしたいのですが、残念ながら、私の生活圏には小さな本屋がありません(あるのかもしれませんが、気がついていないだけかも)。ことごとくなくなりました。あるのはターミナル駅の大型書店ばかり。店主のセレクトが光る本屋さんまで遠出したり、ネット書店で買ったりという手もあるのでしょうが、私としては自分の身のまわりで本が買いたい。そうしないと、ますます本屋さんがなくなりそうですから。

 その後「本屋さんに行くと気持ちが萎える症候群」は、ある本をきっかけに解消しました。すっきりしました。みなさま、ありがとうございました。(渡辺妙子)