週刊金曜日 編集後記

1098号

▼本誌としては久々の中国特集を組んだ。批判もあろうかと思う。議論のきっかけになればと思う。 巻頭の記事を執筆された木村知義さんは学生時代から中国をずっと見つめてこられた方だ。特集では、国交回復前、他社を出し抜いて中国と正式の貿易再開をした伊藤忠商事の当時の秘話を、藤野文晤さんに語って貰ったが、その聞き手も務めてくださった。実は木村さんご自身もNHKに勤務されていた当時、天安門事件直前の生放送「NHKスペシャル」を担当されたり、歴史的な現場に数々立ち会われている。機会があれば、お話をうかがいたい。今は大学で客員教授をされるなどして学生の指導にもあたっている。面倒見のよさは天下一品。私もその恩恵に与っている1人というわけだ。
 ある雑誌で藤野さんが中国について対談された後、「売国奴」というレッテル貼りが始まった。そのことを木村さんが藤野さんに問うている。藤野さんの答えは明快だ。痛烈なメディア批判として肝に銘じたい。(小林和子)

▼2002年の日韓W杯での韓国のいきすぎたナショナリズムが日本の嫌韓感情台頭の契機になったと言われる。その言説は肯定できないが、スポーツが国威発揚や国力の誇示に利用されることは多々あることだ。昨今の五輪やW杯は、商業化が進んだため、様々な利権や莫大な経済効果に目を奪われがちだが、ナショナリズムの高揚という側面も見逃してはならない。古くはベルリン五輪のナチスドイツ、冷戦時の米国やソ連、現在では、ドーピング問題で揺れるロシアなど。そのいずれの国にもスポーツを政治利用して全体主義的に国を治めようとする者がいた。
 国民は対戦国との関係の中で、一致団結し、熱狂することで感覚が麻痺していく。そして他国を貶め、自国の優位性を誇示しようとする。スポーツは人と人とを結びつける一方で、排外的になりやすいという危険な一面もある。
 リオ五輪の開幕が近い。スポーツは、為政者の道具ではないし、戦争の代替品でもない。その本質を見誤ってはならない。(尹史承)

▼海外脱出願望が消えない。どう考えても、この国がまともに思えない。悪質な虚言癖で、出身校の大学の恩師からも「無知と無恥」と指摘された安倍晋三如きが国政選挙で4連勝とは、言論に希望を託することが空しく思える。結局、「有権者」に値する政治への責任感と関心を抱くような層が、目減りしているのだろう。何を書こうが、この国の変革とは「百年河清を俟つ」に等しいのか。ならば、以前のように欧州で暮らしていた方が、まだ精神的に気楽なはずだ。だが、ナチに強制収容所に入れられた末に死亡した独ジャーナリストのオシエツキーは、「一国の汚染された精神と効果的に闘おうとするならば、その国の一般的な運命をともにしなければならない」との言葉を残した。ナチが権力を掌握した国家とは、現在の言論状況と比較を絶する。他の知識人とは異なり亡命を潔しとしなかったオシエツキーは、やはり自分自身の甘さを突きつけていよう。「抵抗する」という以外の選択肢は、残されてはいまい。(成澤宗男)

▼最近の選挙特番で今、一番注目を集めているのはテレビ東京系列で放送している池上彰さんのもの。「池上無双」と言われ、政治家への鋭い質問や指摘が評判です。
池上さんは日頃、ご自身の意見などを主張されることはほとんどありません。その理由は本誌編集委員・佐高信さんとの対談が収録されている『安倍政治と言論統制』(弊社刊)で語られています。
メディアの自主規制が日に日に強まる中、固有名詞で権力やそれに群がる人々を斬りつづける佐高さんの存在は際立ち「佐高無双」とも言えるのではないでしょうか。
そんな佐高さんの新刊『佐高信の筆刀両断 安倍晋三への毒言毒語』が弊社から刊行されました(詳細は裏表紙)。
先週号の本欄で業務部長の町田が述べたとおり、前期8点刊行した単行本のうち、6点は増刷されました。一見好調のように見えますが、赤字決算です。今期もよりがんばって参りますので、よろしくお願いいたします。(赤岩友香)