週刊金曜日 編集後記

1077号

▼弊社が昨年10月に刊行した『1★9★3★7』(辺見庸著)の増補版が3月、河出書房新社から出ることになりました。出版業界では異例の事態であり、すでに読者の方からお問い合わせがきていますので、経緯を報告します。
 辺見さんからは『1★9★3★7』の売り上げが好調なこともあり、増刷時期の問い合わせが再三、ありました。通常、弊社の初版部数は3000?5000部ですが、同書については「歴史に残る本」と考え8000部を予定していました。しかし辺見さんの強い希望もあり最終的には1万部にしました。このため、すぐの増刷は難しく、販促に力を入れていました。
 ところが12月初旬、辺見さんが増補版を他社から出したい意向であると辺見さんのブログなどで知りました。背景には『赤旗』のインタビュー問題(本誌2015年12月18日号奥付参照)があるようでした。刊行直後ですから、直ちにということではないと思いました。たとえば文庫化の場合「基本的には3年後」とお願いしています。ただ何らかの対応は必要と考え、前述の奥付で経緯を明らかにし、12月22日には『1★9★3★7』の担当編集者(外部)を通じて、増刷の意思も辺見さんに伝えました。同月27日に辺見さんから、金曜日として『1★9★3★7』をどう考えているのか知りたいということで弊社編集部員に、電話がありました。その際、「金曜日から増刷するか、増補版を他社から刊行するかはまだ決めていない」「初版1万部を売る権利は金曜日にある」「増補版を他社から出す場合は、仁義があるので『金曜日』の北村と直接会うか、電話で話す」という主旨の話がありました。弊社編集部員からは「弊社としては1月下旬?2月上旬に増刷したい」旨を伝えました。
 年明けに増補版の話がこなければ弊社として具体的な増刷部数を伝えようと考えていたところ、1月8日に辺見さんのブログやamazonで河出書房新社から増補版が「2月初めの刊行予定」であることを知りました。12日には、速達郵便(10日消印)で辺見さんから「著者の権限により、2016年1月末日をもって版権を引き上げ、重版以降の印刷、発行を差し止めいたします。上記、通達いたしますので、何卒よろしくお願い申し上げます」という旨の書面が届きました。14日には河出より「辺見庸氏より貴社刊行の『1★9★3★7』につきまして、河出より増補版を刊行するよう依頼があり、これをお引き受けすることになりました」という内容の手紙がきました。刊行にいたる詳細な説明は両者から一切ありませんでした。
 出版業界の常識としてありえないことなので、同日、同社の編集責任者に弊社に来てもらい「『1★9★3★7』はまだ取次会社との新刊委託期間内(5カ月?6カ月)だ。増補版が書店に並ぶ瞬間、当社の本が即座に大量返品になる。また、価格も同じで装丁も似ている商品が出ると書店の混乱を招くし、書店側の返品率が高まり、大変な迷惑がかかる。刊行を延ばしていただきたい」という旨の要請をしました。しかし、18日に編集責任者から「気持ちは理解したが予定通りにさせてほしい」という趣旨のメールがきました。このため、弊誌編集長と営業責任者と私の3人で20日に同社を訪れ、強く抗議しました。その際、「最低限、新刊委託期間内の刊行は避けてほしい。弊社にとっては死活問題だ」ということも伝えました。
 その結果、翌21日「刊行時期について、辺見さんの了解が得られなかったので刊行自体を取りやめる」という旨の回答が同社からありました。しかし22日には一転して「辺見さんから刊行延期の了解をえたので、やはり刊行する。ただし、2月末まで刊行は延ばす」という内容の連絡がありました。到底納得できる対応ではありません。とはいえ、安倍政権下、やらなくてはならないことが山積みです。本当に闘うべき相手は別にいます。そこで、これ以上、この問題を引きずることはやめると判断し、「3月頭の販売」で合意しました。経営的に大きな損害を蒙るだけではなく、状況を知らない人からは弊社が批判対象になる可能性がある中での苦渋の決断でした。
 なお、弊社の出版契約書には「本著作物の改訂版または増補版の発行については、甲(編注...著者)乙(同...(株)金曜日)協議のうえこれを行なう」という条項があります。辺見さんとは昨年10月20日付で契約書を交わしています。ただ、その後辺見さんより、増刷印税の表記がわかりにくいとの指摘があり、その部分を直した契約書を送ったものの、いまだに返送されていません。この旨も河出書房新社には伝えましたが、金曜日と辺見さんの間に正式契約は結ばれていないと考えるとの回答でした。
『1★9★3★7』を購入していただいた読者の皆様にご迷惑をおかけしますことを深くお詫びいたします。 (代表取締役・北村肇)