週刊金曜日 編集後記

1368号

▼飼い主さんに抱かれて電車やバスで避難するワンコやニャンコ。ああ、よかった、キミは飼い主さんと一緒なのね。そうだった、ヨーロッパはペットはケージいらずで電車やバスに乗れるところが多いもんね。日本みたいにケージに入れろとか、車じゃなきゃとか、気を遣わなくていいもんね。でも、むきだしで飼い主さんに抱かれる猫の映像を見ると、いささか心配になってきて、心の中で「絶対にパニック起こしちゃダメだよ。飼い主さんから離れちゃダメだよ。ずっとそばにいなさいよ」と、祈らずにはいられません。
 一方で、突然始まった侵攻に飼い主さんの準備が間に合わず、取り残されたペットもいるだろうし、いろいろな理由で避難できない飼い主さんもいるだろうし......。キエフの愛護団体が、取り残されたペットのお世話をしているというニュースがSNSに流れていました。どうか犬も猫もその他のペットも人間も、みんなご無事で。犬好きで知られるプーチン大統領ですが、こんなことして何がおもしろいのでしょうか。(渡辺妙子)

▼学生時代、夏休みに京都に帰郷すると、南座近くのロシア料理店「キエフ」で時々皿洗いのアルバイトをしていた。オーナーが加藤登紀子さんの父・幸四郎さんで、旧満州ではレオニート・クロイツァーもピアノを弾いたハルビン交響楽団の事務局長も務めた音楽好きの伊達男。いろんなことを学んだが、忘れられない言葉は多い。
「本田君。キエフってロシア人にとっては京都なんだ」。そう、幸四郎さんを慕って店に来るロシア人も、いま思えば多くはウクライナ人だったんだ。モスクワはあずまびとが支配する、さながら東京だろうか。幸四郎さんが東京に開いたレストラン「スンガリー」のシェフはコサックの統領の娘だった。「ロシア革命でウクライナから亡命してきたコサックもいれば、革命に参加したコサック兵もいる」とトキコさん。敗戦後、ハルビンから引き揚げてきたトキコさんの母は突然の来訪客にもまず「あなた、お腹すいてない? ごはん食べた?」と聞く人だった。殺すな! ごはん食べよ! 歌おう! その精神はトキコさんに引き継がれている。(本田雅和)

▼奥付を書いている3月4日現在、韓国大統領選挙の投開票日(9日)を前にして、すでに締め切られてしまったものがある。在外国民の投票だ。2月28日に投票期限を迎えたが、3月3日になって、尹錫悦候補(最大野党「国民の力」)と安哲秀候補(野党「国民の党」)の一本化が発表され、安氏が撤退した。安氏への票は死票になってしまい、ネットで大炎上する騒ぎになっている。大統領府の国民請願掲示板には、今回のような事態を規制する「安哲秀法」の制定を求める請願が書き込まれた。
 与党「共に民主党」の李在明候補と尹候補の支持率は拮抗しており、安氏が候補を降りるのであれば李候補に入れたかったなど、私の周りでも怒りの声が溢れている。
 韓国で在外選挙制度が導入され、2012年の選挙から権利を行使できるようになってから、まだ10年だ。この権利を得るまでにも長い権利獲得闘争があった。それなのに、かれらの権利をないがしろにするような事態が起きたことは深刻な問題だ。(渡部睦美)

▼「3・11」から11年が過ぎた。今週号の写真企画「異形の電柱」を撮影した稲宮康人さんの写真集『大震災に始まる風景 東北の10年を撮り続けて、思うこと』(編集グループSURE)が昨年刊行された。本書は、東日本大震災から、現在に至るまでの10年間、岩手・宮城・福島を撮り続けたなかから選ばれた百数十枚の写真と、それらをめぐる作家・黒川創氏らとの対話によって構成されている。稲宮さんの写真は思索であり、記憶である。津波や原発の災害によって「ささやかな日常」を分断された人々の無念が、4×5という大型カメラを用いて、静寂に深く撮しこまれている。
 稲宮さんは語る。「いつもは意識されていないものを撮ることで、無意識の日常が意識され、意味を持つようになる」
写真を見て、この11年の時間の経過を想う。忘れてしまいたいこと、忘れてはいけないこと。被災地の記憶や歴史がそれぞれの写真に静かに記録されている。それは普遍的に残るものだ。 (本田政昭)