週刊金曜日 編集後記

1084号

▼出版社と書店の間を取り次ぎ、書籍と雑誌の配本と返品を担ってきた栗田と太洋社が相次いで「座礁」したことは、それが老舗の芳林堂書店の危機や、中小出版社の行き詰まりのしわ寄せの結果であるにせよ、それは「紙とインク」の本を町の本屋さんで買うということが当たり前だった時代の終わりの始まりなのだろう。
 同時にそれは全国に張り巡らされていた毛細血管のような、本だけを単品で運ぶ流通ルートの終わりでもある。
 これからは、郵政とヤマトと佐川らの太い血管が何でもかんでも積んで走り回る。トラックで遅ければ、ドローンでもヘリでも飛ばして何でも運んでしまう時代になる。ドライバー不足は解消、ハードな勤務もないから事故も減る。けれども運ぶ品目はしぼられ、限られてくるから、無害で大衆受けするものばかりがまかり通る。
 雑誌もデジタル版だけ、深夜に輪転機なんか回す必要ない。そんな「いい時代」が到来する。......のだろうか?(土井伸一郎)

▼日頃お世話になっている人が定年退職を迎えたので「とらやのようかん」を贈ることにした。1本5000円もするのはさすがに手が届かなかったが、ひとまわり小さいやつを購入した。
 それでも重い。そして厚い。もし100万円の札束を横に並べておいたら札束二つ分、いや、三つ分くらいだろうか。
 さいきん「談合」の取材をする機会が偶然にも重なった。土木業者や捜査関係者、役人などに話を聞いてまわったところ、ある人がこんな話を披露してくれた。
「この業界では、工事の予定価格を漏らしてもらうために役所の課長やバッジ(議員)にとらやのようかんを送るんです。ケースつきで。1本抜いて、そこに同じ重さの札束をぶちこむわけですよ」
 ようかん1本分と同じ重量ならそれなりの"効果"を発揮し、万が一捜査が入っても郵便局の記録上は「ようかん」でしかない。厚みのある物体を眺めながら、世にはたくましい人がいるもんだなあと感心してしまった。(野中大樹)

▼東京都内のタクシーの初乗りを410円にするよう、タクシー大手の会社などが国土交通省に申請した。実現するかはまだ不透明だが、初乗りが半額ほどになるとあり、利用客からは嬉しい悲鳴が上がっている一方、タクシー運転手らからは悲鳴が上がっている。
 初乗りが引き下げられれば、高齢者や若者、外国人旅行客の利用増を見込めるというのが申請理由のひとつのようだ。ただ、「初乗りが半額になったからといって、利用客が倍増するわけではない」と、都内のタクシー運転手から懸念の声を聞いた。運転手の間では不安の声が急速に広がっているという。通常、タクシー運転手の給料は歩合制だ。初乗りが410円になるとすると、「ワンメーター」の客をこれまでの2倍乗せなければ、稼ぎを維持できなくなる。
 稼ぐために無理な働きをすれば、事故を誘発することにもつながるかもしれない。利用する立場からすれば嬉しいことだが、運転手らの窮状を考えると、どうしても手放しに喜べない。(渡部睦美)

▼「慰安婦」問題の記事でお世話になっている能川元一さんのツイッターに、私が以前勤務していた出版社の名前を見つけた。『なぜニッポンは歴史戦に負け続けるのか』(中西輝政/西岡力著・日本実業出版社)の刊行に対するコメントだ。店頭で手に取ると、カバーに記された「慰安婦、南京、靖国など反日勢力によって次々に仕掛けられる歴史認識を巡る戦い」から想起される通りの書物であり、内容を紹介することは控えたい。ただ、お世話になった会社への複雑な思いが燻る。今でこそ類書が増えて日陰の身だがビジネス書の先駆けであり、最盛期はジャンルで最大の売上げを誇っていた。リベラルではないが、版元としての理念や矜恃、加えて相応のバランス感覚もあったはず。思い出すのは近年「嫌韓・嫌中本」を出し続ける出版社、青林堂の社長が昨年、『東京新聞』の取材で語った「経営上の問題で路線『転向』した」という発言だ。私にはこの言葉が出版の終わりの始まりにしか聞こえなかった。(町田明穂)