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“懸命に生きる姿、感じてほしい” 命の記憶 沖縄愛楽園1975

大月えり奈・ルポライター、カメラマン、社会福祉士|2025年8月7日2:29PM

後ろ姿の撮影が精一杯

 難しい撮影であることは想像に難くなかった。そもそも、偏見と差別を正す写真がどういうものかがわからない。園長に会ってまとまらないままに思いを伝えた。滞在の許可を得られ、1年2カ月に及ぶ撮影が始まった。

 何もかも手探りだった。最初は高台にある公園から建物の間を行き交う入所者を眺めていた。たまに上がってくる人がいると、後ろ姿を撮ってよいかを尋ねてシャッターを切る。それが精一杯だった。当時の日記に「俺は消極的過ぎるのだろうか」(1975年1月2日)とある。鈴木さんはこの時期を「自分の中で気持ちを囲っていたのかな」と振り返る。

 その一方で、距離感を掴みかねる鈴木さんを入所者も見ていた。

 2週間余り経ったある日。「後ろばっかり撮ってるよ、この兄さん。遠慮して」と声が聞こえ、一人の男性が正面に立った。

「『兄さんここにライの写真を撮りに来たんでしょ、これがライよ撮りなさい』と両手を出す。驚いた。(略)初めて正面から撮る」(75年1月4日)

「別の人からも、俺も撮ってくれと言われた。気遣ってくれたんだと思う。自分も少しみんなの中に入れたかなと感じた瞬間だった」(鈴木さん)

 この頃から表情を捉えた写真が増えていった。

「盆踊り記念撮影」(75年8月8日、撮影/鈴木幹雄)

「盆踊りの後でストロボを焚かずに撮った。入所者と看護師、ボランティアのみんなが写ってる。後から見ていいなあと思った」(鈴木さん)

「応援」(75年10月9日、撮影/鈴木幹雄)

園内にできた准看護学校の運動会。応援する入所者の生き生きとした表情があった。

「クリスマスミサ、聖ザベリオ教会」(75年12月24日、撮影/鈴木幹雄)

「晴眼者と歩く」(76年1月1日、撮影/鈴木幹雄)

 クリスマス礼拝では真摯に祈る姿がレンズの中で眩しく見えた。正月には、目が見える人が見えない人を支え、祝いの食事の場に一緒に向かう姿があった。かけがえのない日々を一つひとつ記録した。

 だが写真は時に、相手の足元を脅かす暴力になり得る。

「なぜこんな写真を出すのか。居場所が分かると兄弟に迷惑がかかる」――園内に写真を展示した時、目の前の女性が泣きながら怒りを爆発させた。痛烈な言葉だった。「頭を打たれたような衝撃を受けた。調子に乗るなと言われた気がした」。その場で写真を破った。

現像時、涙が込み上げる

 日記からは撮影中から撮影終了後までも、内省を繰り返した様子が窺える。

「我何の為生まれしか」(75年12月28日)

「生きていることは尊く、美しいのか」(76年1月9日)

「写真など撮ることはないんじゃないか。ましてや発表など」(76年1月13日)

 暗室で現像しながら息が詰まり、涙が込み上げた。「命の重さが、ずっしりとこたえてくる。(略)生きる状況、範囲が限定されているその中で、何を見つめ生きるのか」(76年1月14日)

 ネガフィルムで72本、約2300カット。それぞれの人から許可は得ていたが、そっとしておこうと考えて公表はやめた。その後、写真の道を離れた。

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