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非暴力による防衛は可能か ジーン・シャープを現代に生かす

想田和弘・『週刊金曜日』編集委員|2025年10月16日2:47PM

権力は崩壊する

 非暴力抵抗、そしてそれを防衛政策に応用した「市民的防衛(CBD= Civilian-Based Defense)」の理論と方法を確立させた、重要な政治学者がいた。世界各地の革命運動や独立運動に影響を与え、ノーベル平和賞に四度もノミネートされたジーン・シャープ(1928―2018年)である。

 シャープの理論と指導は、セルビアの「オトポール!」運動や、リトアニアの独立運動などの指針となり、その成功に大きく寄与した。それは机上の空論ではなく、実践可能な戦略である。

 米国人であるシャープは、朝鮮戦争の際に良心的兵役拒否をして9カ月間服役した経験をもつ。彼はインドを英国から独立に導いたマハトマ・ガンディーの運動をはじめとして、歴史上の非暴力抵抗運動の事例を徹底的に研究・分析した。その結果、どんなに残忍な独裁者や侵略者でも、民衆による戦略的かつ計画的な非暴力抵抗運動によって、打ち倒せる可能性があるとの結論に至った。

 シャープの理論は明快だ。その根幹は、次のようなものである。

「どんな政治権力も、官僚・警察・軍・民衆などの協力と服従に依存している。したがって彼らが協力と服従をやめれば、必然的に権力は崩壊する」

 コロンブスの卵のようだが、考えてみれば当然だ。

 24年12月に起きた韓国大統領による「非常戒厳」の失敗でも示されたように、権力者が「反対者を逮捕しろ」「隣国を侵略しろ」などと命じても、軍人や警察官が一人も命令に従わなければ、弾圧も戦争もできない。どんなに偉そうな権力者でも、一人では権力を振るえない。権力者が権力者たるには、人々の協力と服従が必要なのである。

「つまり支配者は彼らが支配する人々と社会とに依存しており、人々と組織とによる侵略者・独裁者への協力の停止は、全ての支配者が依存している〈権力の源泉〉の入手可能性を縮小させ、かつ切断してしまうだろう。権力の源泉が入手不可能になれば、支配者の権力は弱体化し、ついには崩壊してしまう」(『市民力による防衛』(ジーン・シャープ著、三石善吉訳、法政大学出版局)

198の具体的方法

 では、私たちはどのようにしたら専制者や侵略者に対する協力や服従を停止し、〈権力の源泉〉を枯渇させ、権力構造を崩壊させることができるのだろうか?

 シャープは、専制者や侵略者の権力基盤の弱点を見極め、計画的に戦略を立て、大衆的に実行することが肝要だと説く。非暴力行動を「戦争と同様の戦闘の一手段」と位置づける彼は、非暴力の「兵士」には賢明な戦略や戦術、勇気や訓練や犠牲が要求されるという。シャープがしばしば、ドイツの軍人・戦略家になぞらえて「非暴力運動のクラウゼヴィッツ」などと呼ばれるゆえんである。

 彼は非暴力の「武器」として、198の具体的方法を示す(30ページ参照)。それは三つの大きなカテゴリーに分けられる。

 第一に、「抗議と説得」である。これには、デモ行進、演説、集団による宣言、勲章の放棄、ポスターの掲示、ビラ撒き、討論会、抗議集会など、日本の市民運動にも馴染み深いものが含まれる。シャープによると、これらは非暴力の「武器」のうちでも最もおとなしいものである。

 第二に、「非協力」である。これには社会的・経済的・政治的な非協力がある。社会的行事のボイコットや自宅待機、集団失踪、消費者によるボイコット、生産者によるボイコット、賃貸料の留保、工場閉鎖、銀行預金の撤退、税金の支払い拒否、土地の賃貸や販売の拒否、農場労働者によるストライキ、仮病を使って休む、ゼネスト、公的援助の拒否、立法機関や選挙のボイコット、政府による雇用や就職のボイコット、司法関係者による非協力、不承不承と緩慢に従うこと、などが含まれる。

 第三のカテゴリーは、「非暴力介入」である。これは「抗議と説得」や「非協力」よりも積極的な手法であり、体制や状況を直接的に混乱させ、現状を維持できないようにするものだ。ハンガー・ストライキや座り込み、妨害的な買い占め、投げ売り、体制側に管理されない通信システムや市場、交通システムの構築、並行政府の樹立、などが含まれる。なかでも並行政府をつくることは重要であり、専制者や侵略者の体制に代わる主権国家の樹立を宣言し、旧体制や占領者の正統性を失わせる。

 こうした非暴力抵抗運動を繰り広げれば、権力側は暴力行為で応じるであろう。すると私たちも、ついつい暴力で応じたい誘惑に駆られるものだ。しかしシャープは、それは最も危険な行為であると警告する。暴力を使うと専制者や侵略者が得意とする土俵に自ら乗ってしまうだけでなく、相手が苛烈な暴力を使うための格好の口実を与えてしまうからだ。

「暴力行為と組み合わせられた非暴力闘争は、最も危険である。というのも、暴力行為は、非暴力的技法の最も重要な構成要素に、逆効果を及ぼしてしまうからである。(中略)暴力行為は、かなり限られた程度であっても、しばしば抵抗者の人数を減少させ、それによって抵抗者たちの非協力運動の力を弱体化させるという結果を招く。それだけではない。暴力行為は、敵側陣営(特に警察と軍隊)に対して、非暴力性という運動の威力を減殺させ、かつ第三者からの同情および支援の程度を減少させるであろう」(前掲書)

 専制者や侵略者が非暴力的集団に対して暴力や抑圧をエスカレートさせるなら、それはむしろ相手の力を利用する「政治的柔術」を誘い出す重要な契機となりうる。なぜなら、非暴力的集団への残虐行為の結果、非暴力側への同情と支援は増大し、相手方の一般住民や警察、公務員、軍隊からも離反を招くからだ。相手方内部での離反や寝返り、非協力が拡大すれば、体制は一気に崩壊しかねない。

「抑圧は明らかに、敵方に跳ね返っていくのである。これこそが『政治的柔術』の返し技である」(前掲書)

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