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非暴力による防衛は可能か ジーン・シャープを現代に生かす
想田和弘・『週刊金曜日』編集委員|2025年10月16日2:47PM

暴力が世界中に蔓延し、戦争・紛争が絶えない。ロシアによるウクライナ侵略、イスラエルによるガザへの攻撃、世界各地で続くテロ、内戦……。そうした危機や不安を背景に、日本でも憲法9条の改正や防衛力を増強する動きが強まっている。私たちはこうした流れに抗することができるのか。非暴力による平和・市民的防衛を追求したジーン・シャープの思想を手がかりに、シャープの同僚であったジャミラ・ラキーブ氏、シャープの理論をセルビアで実践したスルジャ・ポポヴィッチ氏、立命館大学国際平和ミュージアム館長の君島東彦氏との対話を通して考えてみたい。
内閣府が2022年11月に行なった「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」には、次のような質問項目がある。
「現在の世界の情勢から考えて、日本が戦争を仕掛けられたり、戦争に巻込まれたりする危険があると思うか」
それに対して、「危険がある」と答えた人は38・1%、「どちらかといえば危険がある」と答えた人は48・1%に上った。つまり、程度の差はあれ、何らかの安全保障上の危険を感じる人が86・2%を占めていることになる。
同じ世論調査では、次のような興味深い質問もなされた。
「もし日本が外国から侵略された場合、どうするか」
それに対しては、「自衛隊に志願する」と答えた人が4・7%、「自衛隊に志願しないものの、何らかの方法で自衛隊を支援する」が51・1%。一方、「侵略した外国に対して、武力によらない抵抗をする」が17・0%、「侵略した外国に対して、一切抵抗しない」が1・4%、「何ともいえない」が24・3%となっている。
総じて、日本では8割以上の人が戦争に巻き込まれる危険性を感じていて、6割近くの人が「いざとなったら自衛隊の武力を使って応戦すべき」と考えていると言えるだろう。同時に、「武力によらない非暴力抵抗をすべき」と考えている人も、少数派ながら17%存在することを示している。
ウクライナの問い
僕自身は、この17%の少数派と考えを同じくしている。
なぜなら、一般的なイメージに反して、実は武力による抵抗よりも、非暴力抵抗の方が国や生活を守れる確率が高いと考えているからである。
そのことは後で詳しく論じるとして、まずは武力抵抗の問題点について述べておこう。
侵略に対して武力で応じるという方法は、一般的には、国や生活を守る唯一確かな方法だと考えられている。だが、そもそも武力で国や命や生活を守ることなど、本当にできるのだろうか?
暴力を使う相手に対して暴力で応じれば、相手はさらなる暴力で応じることになる。そうなると自分たちも、さらなる暴力で応じざるをえなくなる。こうして、暴力の悪しき連鎖が深まり、エスカレートしていく。これは物事の道理であろう。
そのことは、ロシアとウクライナの戦争の状況を見守りながら、改めて痛感させられたことだ。
ウクライナ政府はロシアの侵攻に対して、武力で対抗するという選択をした。それは国際法上認められた自衛権の行使である。
しかしその結果、市民の生活の場である街や村が戦場となり、破壊された。国連によると、今年5月までにウクライナの一般市民約1万3↖000人が殺され、約3万3000人が負傷、約560万人が難民として国を追われた。米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』が昨年9月に報じたところによれば、ウクライナ兵の戦死者は約8万人、負傷者は約40万人にも上る。
そのような現実を直視したとき、非礼を覚悟で申し上げるなら、ウクライナは自国民を守れていると言えるのだろうか。運良く戦争に勝って、国境は守れたとする。しかし、それで「国を守れた」と言えるのかどうか。
この問いは、日本で暮らす私たちも、本気で問わねばならないものだ。というのも、ウクライナが取った方針は、相手から武力による攻撃を受けたときに初めて武力を行使する「専守防衛」である。専守防衛では、原理的に国土が戦場になってしまう。それは日本政府も掲げている基本姿勢である。つまりウクライナの過酷な状況は、日本の未来でもありうるのだ。
だが、多くの人は、こう反論するであろう。外国から武力で攻撃されたときの対応には、2通りしかない。武力で立ち向かうか、屈服するかだ。だから専守防衛は、仕方がないではないか。
しかし、私たちに応戦でも屈服でもない、第三の道があるとしたらどうだろう。しかも第三の道の方が、武力による応戦よりも成功する確率が高いとしたら、どうだろう。つまり、非暴力抵抗(市民的防衛)という選択肢である。







