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オスロ合意から30年 
「土地なき民」になったパレスチナ人

小田切拓・ジャーナリスト|2023年11月30日5:49PM

「イスラエルで働きたい」

 ファエズの一家は、まさに「土地なき民」になる瀬戸際にある。今の状況では、新しい家族は養えない。3年前からイスラエルで働いていた既婚者の長男(34歳)は、治安上の問題を理由に3カ月前に労働許可が取り消された。だが、イスラエルで仕事ができれば農業はしないという。大学を出ても仕事がなかった三男は、1年前に畑の裏の工場労働者に空きが出て、許可証がないまま働きだした。イスラエルでの仕事は工事現場や農作業、工場での労働だ。専門資格を持つ二男は、大学卒業と同時に、就職先のあてがないまま親戚を頼って湾岸諸国へ行った。

休息中のファエズの妻(60歳)。エリアCでは、新たに建物を作ることは禁じられている。巨木の下に中古品の机や椅子を並べたこの休息場所で、長男は、野菜を提供するファーム・レストランを始めたいと考えている。イスラエルを刺激しかねないとファエズは反対している。(撮影/小田切拓)

 一般的にも、パレスチナの失業率は著しく特に20代では47%に上る(2023年/パレスチナ中央統計局)。現在その受け皿となっているのがイスラエルでの就労だ。イスラエルや入植地で働くパレスチナ人の数が19年からの3年間で倍増し、21万人(労働力人口の約14%/22年)を超えたという【注4】。

 イスラエルでの就労は占領開始直後から行なわれてきたが、西岸地区よりガザ地区の方が、割合的に多かった。難民が人口の7割を超えるからだ。イスラエルに土地を奪われた難民がそのイスラエルで働くのは抵抗があっただろうが、高失業率が続く中で恒常化した。入植地の建設も、実はそのほとんどをパレスチナ人労働者が行なったと考えられる【注5】。

 イスラエルでの労働は過酷である。朝4時に数千、数万人が殺到する検問所に向かわなければならず、しかも同日中には戻らなければならない。だがパレスチナ人は、占領地で働く2~3倍の高収入を得ることができる【注6】。

 労働許可証の発行には、イスラエル軍による徹底した調査が前提となる。イスラエルに従順でなければ許可証は発行されない。イスラエルはこの仕組みをパレスチナ人の「抵抗心を弱める」ために利用してきた。経済をイスラエルの管理下に置くことで、経済的自立を妨げることもできる【注7】。

 3Kの仕事に学歴は不要だ。ファエズの一家でも、電気工学を学ぶ一番下の息子は大学に興味を失っていた。アルバイトは検問所の掃除であった。

湾岸の“ユダヤ人”

「土地なき民」になるとどういう結果になるのか。一つの例が、湾岸諸国に存在するパレスチナ人の姿から見て取れる。1982年に仏紙『ルモンド・ディプロマティーク』に掲載された記事がある。そこには湾岸諸国で働くパレスチナ人の状況が詳細に記されている【注8】。

「『やつら(パレスチナ人)はどこにでもいる……ユダヤ人のようだ』、とパレスチナ人について、湾岸諸国の現地国民やパレスチナ人以外の外国人居住者は語る……彼らはパレスチナ人の特徴をこう一般化している。『知性があり、機転がきき、期待を抱かせる、目新しい仕事も喜んで取り組む民族だ』。……『欲深く、陰謀を企て、プライドが高く、孤立している』」

 50年代に石油生産が急速に増加した湾岸諸国では、技術力が高く、マネージメント能力が高い外国人を高給で雇い入れようとしたが、パレスチナ人くらいしか応じる者はなかった。67年以降は多くのパレスチナ人が仕事を求めて湾岸に渡り、特に教員、記者などでパレスチナ人の占める割合が多かった。この記事では、81年における湾岸諸国のパレスチナ人口は不法就業者を含めると60万人以上と推計されている【注9】。

 親パレスチナのように思われがちな湾岸諸国であるが、特例を除きほとんどパレスチナ人には国籍は付与していない。つまり政情の変化や、経済状況の悪化が起これば、状況は一転する。湾岸戦争でPLOがイラク支持の姿勢を示した際には、クウェート政府はパレスチナ人を同国から追放した。

 そうでなくとも、定年を含め仕事を辞めればビザは発給されなくなる。67年より前に西岸・ガザを出た者に対してイスラエルは規制を設け、原則として占領地に戻ることを認めていない。西岸出身者はヨルダン国籍を保持しているが、ガザ出身者は無国籍状態になるケースも多いという【注10】。

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