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丸山市郎・前駐ミャンマー日本大使はロヒンギャへの差別煽動発言を撤回せず
木村 元彦・ノンフィクションライター|2025年5月20日7:59PM
2017年のミャンマー国軍による掃討作戦で1万人以上のロヒンギャ民族が殺害され、80万人以上が故郷を追われた。いまも100万人以上がバングラディッシュの難民キャンプで暮らす。ところが19年、当時の駐ミャンマー日本大使(2018年3月~24年9月)は海外放送で事実と異なる発言をし、〝ロヒンギャヘイト〟を煽った。筆者らが直接真意を問うてみた──。
「もしも忙しくなければ、一緒に行ってもらえないですか」というアウンティンの声は緊張を孕んでいた。ミャンマー出身のロヒンギャ民族。迫害を受けて国を追われ、日本に来てからは努力を続けて言葉と仕事を覚えた。現在は家族とともに日本国籍を取得し、国内最大のロヒンギャ・コミュニティである群馬県館林市で暮らしている。周囲と融和する真面目な人柄で、多田善洋市長や市議会議員をはじめとする行政からの信頼も厚い。そのアウンティンの肉声が震えていた。無理もない。彼にとっては大きな勇気のいることだ。

ヘイトスピーチの代弁
3月16日開催の前駐ミャンマー日本大使、丸山市郎氏の講演会の告知が送られて来た。外務省でミャンマー専門官として長年勤めあげた丸山氏は退官後、いくつかのメディアにもコメンテーターとして登場している。
一方、アウンティンたちロヒンギャ民族にとっては、到底看過できない差別煽動発言を在任中にメディアに向けて発している人物である。19年12月26日のBBC(英国放送協会)ニュースにおいて、「ロヒンギャはベンガル人である」「ロヒンギャの虐殺にミャンマー国軍は関与していない」等々、ロヒンギャの迫害を正当化するミャンマー国軍の主張を後押ししたのだ。(https://www.youtube.com/watch?v=Ujnjn2pwyGg)
ロヒンギャは19世紀からミャンマーのラカイン州に定住していたイスラム教徒だ。1948年にミャンマー(当時ビルマ)が独立後、国会にはこのラカイン州のムスリムの国会議員が存在した。60年代初頭まで、ロヒンギャ語の国営放送も存在した。
ところが62年にネ・ウィン将軍による軍事クーデターが起きると、状況は一変し、以降ロヒンギャに対する差別的な政策が次々に施行される。82年には「ビルマ市民権法」によって先住していたにもかかわらずベンガルの不法移民とされ、国籍を剥奪されてしまう。この理不尽な弾圧の背景には、ラカイン州を横断するパイプラインの利権を独占したいミャンマー中央政府とそのバックにいる中国政府の思惑が動いていると言われている。
そのロヒンギャを「ベンガル人」と呼ぶことは、当人たちに対する最大の侮辱行為にあたる。国軍最高司令官ミン・アウン・フラインは、これら偽りの主張でロヒンギャに対する「民族浄化」を進めて来た。凄惨を極めたのは、2017年8月25日に始まったこの民族に対する掃討作戦である。そこでミャンマー軍による焼き討ちや、ロヒンギャの女性に対する性犯罪がどれだけ行なわれたかは、こちらの記事に譲る。
(https://wpb.shueisha.co.jp/news/politics/2019/03/07/108345/)
1万人を超える犠牲者、80万人を超える大量のロヒンギャ難民の流出を重く見た国連は、17年にミャンマー政府に軍事活動を停止する決議を出した。続く18年にはFacebook社が、SNSでヘイトスピーチを発信し続けるミン・アウン・フライン司令官のアカウントを「憎悪と誤った情報の拡散を防ぐため」削除している。19年にBBCで発信した丸山大使による上記発言はまさにFacebook社が問題視したこのヘイトスピーチを代弁したものである。放送を視たイギリス人記者は「日本の大使はそこまでミャンマー軍に媚びるのか」と驚いていた。
アウンティンたちは外務省前で悲痛な声を上げて抗議をした。
(https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/0b0b68d7210e85c83b5e420ee085d9a92150c4c6)
欧米諸国はミャンマー国軍や関連企業に標的制裁を科してきたが、日本外交は長年にわたって「独自のパイプを活かして国軍幹部に働きかけること」を論拠にして制裁もせず、政府開発援助(ODA)供与も継続し続けた。先述した国連の非難決議についても日本は棄権している。
20年11月の総選挙では、笹川陽平・ミャンマー国民和解担当日本政府代表が監視団としてヤンゴン入りし「選挙は秩序よく公正に行なわれていた」と報告していたが、国軍は自分たちの政党の大敗を受け入れず「選挙に不正が行なわれた」として軍事クーデターを起こした。