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文科省、教科書編集をがんじ搦め――指導要領との対応を明示

文部科学省が1月23日開催した、教科用図書検定調査審議会(検定審)の第3回総括部会で、教科書の「主要な内容」と学習指導要領(以下、指導要領)の「内容・項目」との対応までも、教科書上に明示させる“改善”策を出した。

文科省教科書課(望月禎課長)が検定審に出した「教科書の改善について(論点整理)(案)」は、(1)教科書の主要な内容が指導要領の示す内容・項目とどう対応しているか教科書上に明示し、(2)指導要領『解説』を「より踏まえ」教科書記述に適切に反映することが、「求められる」と明記(傍点筆者)。

文科省は2014年1月、各出版社が検定申請した教科書に添付を求めている「編修趣意書」に、教科書の構成・内容(第1・2章など)と教育基本法第2条各号とを対照させるよう、教科書検定規則実施細則を改定し、「指導要領との対照表」の提出も義務化した。

今回の(1)は、それを教科書にも明示するよう求めたもの。改定教育基本法に盛った“国を愛する態度”に加え、小学校6年や中学社会の指導要領が明記している「国歌尊重」「天皇への敬愛の念」「我が国の防衛、(自衛隊の)国際貢献」等で、一層政府の政策や見解に沿う記述を強制する意図が明白だ。

また、(2)の『解説』は、文科省が「大綱的基準として法的拘束力がある」とする指導要領とは異なり、参考資料にすぎないのに、「より踏まえ」と強化。いきすぎだ。

このため複数の傍聴者が閉会後、「(1)の追記により(指導要領を読んでいるわけではない)子どもたちが教科書を読む際、煩雑になる恐れ」などを質すと、教科書課の担当者は「(1)は教師にとっては指導要領との関係がより分かり易くなる。また、文末を『求められる』と表現したのは、今回は検定基準の改正まではせず、出版社側に期待するということだ」と答えた。

“改善”策は教科書の編集を一層、がんじ搦めにするものだ。

(永野厚男・教育ジャーナリスト、2月10日号)

辛淑玉さん、闘いは続きますね(佐高信)

拝啓 辛淑玉様

新年早々、『東京新聞』論説副主幹とかいう長谷川幸洋らとの闘い、お疲れさまです。長谷川ら中傷主義者を見ると、私はいつもコウモリを連想します。「昼は暗所に潜み、日暮に活動する」(『広辞苑』)というコウモリは「獣なのに鳥のように飛ぶところから、情勢の変化を見て優勢な側に味方する者をののしっていう」時にも、その代名詞として使われます。

私は公明党をコウモリ党と呼んでいますが、彼の党にもピッタリですね。

“鳥なき里のコウモリ”という言葉がありますが、少しはマシな新聞の『東京』の長谷川や元『朝日』の永栄潔らを指すのでしょう。『産経』や『読売』にいれば、数の中の1人にすぎない彼らも、“鳥なき里”では目立つということです。しかし、愚かなる彼らはそれを自覚していません。

敵対する『朝日』の禄を食んだことのある花田紀凱もコウモリ族に入るでしょう。どこか卑しい感じがするのはそのためです。

旧制一高の校長をやった安倍能成さんは「教養とは何か」と問われて、「教養とは相手の立場を理解しようと努力することに始まる。教養のない者とは自己主張するだけの者だ。どんなに知識があっても、教養があるかないかは相手の立場を理解する態度を示すかどうかによって決まるのだ」と答えています。

安倍さんは「心」グループに属した保守派の人ですが、その通りですよね。この定義に従えば、長谷川らは無教養極まりない人間だということになるでしょう。

痛みがわからない『東京新聞』長谷川ら

私はいつも、極限まで「相手の立場を理解しようと努力する」辛さんに敬意を払っていますが、上野千鶴子著『ニッポンが変わる、女が変える』(中公文庫)の辛さんの発言に打たれました。

辛さんは東日本大震災の後、早くに被災地に入り、在日だけではなく、外国籍住民の救援活動に取り組んできましたが、上野さんが、
「『子どもに障がいがあって、奇声を上げたり、周りに迷惑をかけたりするから避難所にはとてもいられない』と、傾いた家に戻った人もいたそうです。認知症の高齢者を抱えた家族も、避難者のコミュニティに入ることを自主規制してしまったり」
と言うと、辛さんはこう答えています。

「人からケアしてもらう必要がある人は、避難所にはいられません。それは、外国籍住民も同じようなものです。『従軍慰安婦』として名乗りをあげて、国と裁判を起こした宋神道さんも、避難所でやっと見つけた時には、日本名で入っていました。胸が痛かった」

私も胸が痛みますが、前記の長谷川らにはまったく理解できないでしょうね。痛む胸がないからです。

「国と闘った人でも、非常時の日本では外国名でいることが恐怖だったのでしょう。つらい話です」
と続ける上野さんに、辛さんは、
「避難コミュニティに入らない在日の家族にも会いました。半壊した家で、家族を支えて疲弊しきっている女性がいた。彼女に、『手続きをとって義援金をもらいましょう』と提案したとたん、『絶対嫌だ!』と。『そんなことで今までの差別をなかったことにされたくない』といいました」
と述懐しています。

「復興の過程で『がんばろう日本』とか、ニッポン・コールが起きました。朝日新聞が作った復興を考える委員会の名前が『ニッポン前へ』。本当にキモチ悪い」
と語る上野さんに辛さんは「その言葉がどれだけ怖かったか」
と答えていますね。

(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、2月10日号)

NHK「クローズアップ現代プラス」――「少女像」報道に抗議

記者会見する梁澄子氏(左)と醍醐聰氏。2月2日、東京・千代田区。(撮影/西中誠一郎)

2月2日、衆議院第二議員会館で、NHK「クローズアップ現代プラス」が1月24日に放送した「韓国・過熱する“少女像”問題・初めて語った元慰安婦」の内容に抗議する記者会見が行なわれた(共催:日本軍「慰安婦」問題解決全国行動、「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクション・センター)。

同番組は、一昨年末の「日韓合意」を受け、34人が日本政府の「支援金」受け入れの意向を示し、既に31人へ支給されたにもかかわらず、その声が韓国内では報道されず、「合意」破棄を求めて「少女像」設置問題が過熱し、韓国社会の中で自分たちの思いは理解されないのではないか、と悩む元「慰安婦」と家族の声を紹介する内容。記者会見した2団体は1月31日にNHK会長と番組制作者に抗議文と公開質問状をそれぞれ提出した。

記者会見で「全国行動」共同代表の梁澄子さんは「支援金が被害者に支給されたことは報道され、韓国人は知っています。しかし番組で危惧するようなバッシングは起きていません。番組内容は多数の被害者が受け取ったのだから、納得しない被害者や市民が黙れば問題解決すると言っているのと同じです。なぜ『合意』に反対する被害者がいるのか、新たな少女像の設置が続くのか掘り下げた報道になっていません」と指摘し、「日韓合意の最大の罪は、歴史事実を10億円で売り飛ばしたこと」という元「慰安婦」の金福童さんの発言を紹介した。

東京大学名誉教授の醍醐聰さんは「『放送法第4条』で定めた政治的公平性に著しく欠け、事実を歪曲し、多様な論点も取り上げていない」と批判し、NHK自身の「放送ガイドライン2015」にも違反していると指摘した。会見では「『慰安婦』だった方々の長年の闘いや願い、韓国以外にも多くの被害者がいるという事実も無視されている」「抗議する人の声を冷笑する報道姿勢に強い危機感を感じる」といった発言も相次いだ。

(西中誠一郎・ジャーナリスト、2月10日号)

増田元総務相に杉並区が異常な高額報酬――出勤2~3日で月額35万円か

昨年7月の東京都知事選で落選した自民党の増田寛也元総務大臣を、東京都杉並区(田中良区長)が非常勤「顧問」として採用、毎月35万円、時給7万円から8万円(後述)にもなる破格の高額報酬を税金から支給している。田中区長は都知事選で増田氏を公然と応援していたことから、田中区長は「お友だち」に公金で「落選手当」を払っているようなものではないか、と区民から批判の声が上がっている。

増田氏の顧問採用は、区議会にも事前に知らされないまま区長部局内部の“密室”で行なわれた。都知事選で増田氏が落選したのが7月31日。そのちょうど1カ月後の8月31日に、杉並区は非常勤顧問職を新設した。顧問職新設は、条例ではなく規則の変更という議決を不要とする方法で行なった。そして、翌9月1日付で増田氏をこの顧問職に採用した。

公募などの手続きはいっさいなく、はじめから増田氏だけのための顧問職新設だった。

勤務条件は、勤怠管理なしにもかかわらず、報酬だけは毎月35万円が払われるという超好待遇。そして、事実9月の出勤は2日で、拘束時間は4時間半にすぎなかった。時給に換算すると7万円から8万円もの高額に達する。10月以降もこれと同様に、月2~3回の出勤が続いている。

仕事内容は、「地方創生に係る支援及び助言」。特に重要な責任はない。この気楽で簡単な仕事に対して月35万円は払いすぎではないか。筆者の指摘に対して、区側はこう反論する。

「増田氏の(岩手県)知事3期及び総務大臣を務めたこれまでの経歴及び地方自治、地方創生に関しての深い知見等を総合的に判断すれば(中略)月額35万円の報酬は妥当である」

しかし、その説明を疑わざるを得ない事実が情報公開請求で発覚した。区が作成した顧問職新設の起案文書のなかに、報酬を月額35万円とした根拠としてこんなことが書いてある。

〈週3日×4週=月12日×3万円=36万円〉

週3日、月12日の出勤を想定し、日額3万円として計算して月35万円という金額を算出したと明記している(計算上36万円だが杉並区は条例で上限35万円と定める)。

月12日の出勤を想定していたのにじっさいには2日~3日しか出勤していない。おかしいではないかとの疑問に、区側は説明ともつかない奇妙な言いわけをする。

「……規則を改正するに当たり、担当課である人事課が一般的な月額報酬の算定根拠を出すために作成した検討段階の内部メモであり(正式なものではない)……」

【杉並区は過去二度敗訴】

非常勤職員の報酬をめぐって、杉並区は過去二度にわたって裁判で敗訴している。最初は、月末の土日2日間だけ在籍した非常勤監査委員2人(自民党議員と民主党議員、当時)に月額報酬15万円を満額支給したことの違法性を問う訴訟。次は、半年間病欠した非常勤選挙管理委員(元自民党議員)に月額24万円の報酬を満額支給したことの違法性を問う訴訟だ。

非常勤の報酬は純粋に仕事の対価であって、名誉に対する支給でもなければ「生活給」でもないというのが地方自治法の趣旨。その立法趣旨を逸脱した支給は違法で無効だということがこれらの裁判の判決で明示された。

選管委員をめぐる裁判で杉並区の敗訴が確定した2015年11月。田中区長は「判決を真摯に受け止める」と委員会で答弁した。しかし、今回の件をみればその言葉は疑わしい。

筆者は区民のひとりとして増田氏の報酬返還を求める住民監査請求を11月に起こしたが、元会計室長や自民・民進系与党議員ら身内で固めた杉並区監査委員は棄却した。このため、これを不服として1月27日、住民訴訟を東京地裁に起こした。3月23日午前10時45分から東京地裁703号法廷で第1回口頭弁論が開かれる。事件番号は平成29年(行ウ)第45号。

(三宅勝久・ジャーナリスト、2月10日号)

『世界最悪の旅』の新訳完成(本多勝一)

2017年1月に刊行された中田修氏訳の『世界最悪の旅』(左)と、本多勝一の『アムンセンとスコット』。(撮影/『週刊金曜日』編集部)

世界の諸言語の中で日本語に訳されている文献は、古典から現代文まで膨大な量になろうが、理科系の手引き書とか古典的文学作品の類は別として、いわば“普通の”「本」として日本語に全訳されている例は、案外すくないのではなかろうか。

ここでとりあげるチェリー=ギャラードの著書『THE WORST JOURNEY IN THE WORLD』(By Apsley Cherry-Garrard)にしても、日本語版全訳『世界最悪の旅』(中田修訳、オセアニア出版社、税別7000円)は今年の1月15日刊行だが、原書(英語版)が出たのは1922年12月だから、こんどの全訳日本語版発行はその95年後ということになる(注)。

そして、二段組み760頁にもなるこの古典的大著の翻訳書が、今年の始めに中田修氏ご自身から新刊書として送られてきたとき、私は快挙に感激してすぐ中田氏に電話したものだが、まもなく同氏からこんなハガキがとどいた――

「お電話を有難うございました。うれしくてのぼせ上がり、わけのわからないことを言っていたようで失礼いたしました。原著に近い本をという小生の希望から、出版社と印刷所がはりきってくれて、よい本になりました。部数は五〇〇部です。次には少し手軽な安価な本にして、広く読んでもらえるようにできたらと思っております。」

中田氏は1929年生まれで、本多の2年先輩にあたる。『アムンセンとスコット──南極点への到達に賭ける』(教育社・1986年)は、私にとっては新聞記者になって以来はじめての書きおろし単行本だが、その「あとがき」の一部に次のような記述がある。

〈アムンセンとスコットというたいへん異なる個性が演じた「史上最大のレース」について、同時進行的に検証する方法を試みました。これまでどちらかというとスコット隊の悲劇があまねく知られ、しかも同情的・浪漫的に理解され、他方ではアムンセン隊がどのように成功したかが具体的には知られていなかった傾向があります。何よりの証拠に、人類として南極点に初到達したアムンセンの遠征記『南極』が、いまだかつて一度も日本語に全訳されていないのです(部分訳や抄訳はあったが)。一方、スコット隊の記録にしても、第三者(支援隊員)のチェリー=ギャラードによる分析の書『世界最悪の旅』は加納一郎氏による全訳があるものの、かんじんのスコット自身の長大な行動日誌はまったく訳されていません。つまり世界的古典としての両雄の原著作を、日本語で読むことは今だにできないのであります。これでは両隊について日本での認識が浅いのも、むしろ当然と言えましょう。〉

あらためて、中田修氏による大労作たるこの「全訳」の成果を祝いたいと存じます。

〈注〉『世界最悪の旅』の日本語版は、古い例としては加納一郎(故人)の訳書(1944年、 朋文堂)があり、朝日文庫版(1993年)にもなっているが、実質的な意味では「訳されていないところがときどきある(訳者あとがき)など、厳密には「全訳」とは申しにくいと思われる。日本語の「本」としては、このたび刊行された中田修・訳が真の全訳と考えられよう。
(ほんだ かついち・『週刊金曜日』編集委員、2月10日号)

集会参加の学生らに公安が集団暴行、東京地裁が調査嘱託

東京地裁は1月20日、東京都に対し、昨年9月に集団で学生らに暴行を加えたとして民事事件で訴えられている警視庁公安一課の警察官4人について、原告側が提出した顔写真に基づいて名前を特定するよう、調査を嘱託した。

昨年11月に特別公務員暴行陵虐罪等で東京地検にも告訴した学生側の主張によると、同年9月1日と2日、東京都中央区内の会館で集会を開催した際、会場に入場しようとした学生らに対し、警視庁公安一課の星隆夫警視ら十数人の警察官が暴行を加えたとしている。

このうち、タクシーで会館に乗り付けたA君の証言では、入場前に会館周辺にいた公安のうち5人によって突然背後から羽交い締めにされ、着用していた帽子やサングラス等を無理矢理奪われたほか、毛髪を引っ張るなどされた。

また、会館近くの路上でマイクロバスから降車したB君によれば、1人の公安から首や右手を強く掴まれた後、後頭部を殴られたという。その他、同時刻に会館の外にいた学生らも、複数の公安から「顔面や胸部に手拳で打撲傷を負わされ、衣類を引き裂かれた」(C君)、「胸ぐらを掴まれ、足を蹴られて転倒させられた」(D君)等の暴行を受けたと証言している。

このため学生ら5人が、ビデオや映像で顔が特定されている星警視ら暴行現場の警視庁公安のうち、名前が判明している11人に加え、氏名不詳の4人の計15人を告訴。さらに都も被告に加えた損害賠償請求訴訟で、東京地裁が訴状を本人に届けるため、都(警視庁)にこの4人の氏名と住所を明かすよう調査を嘱託したもの。裁判所が公安事件で、警察にこの種の調査嘱託を行なうのは異例という。

問題は、東京地検が今回の告訴を受理し、立件に動くかどうかだ。学生側の弁護を担当している鈴木達夫弁護士は、「権力犯罪に甘い地検に立件を促す世論の力が必要だ」と語っている。

(成澤宗男・編集部、2月10日号)

『産経』の「慰安婦」報道こそ捏造そのもの(吉方べき)

『産経新聞』は、『朝日新聞』が「吉田証言」のウソをばらまいたため、「慰安婦」が「強制連行されたと世界で誤解された」と批判している。だが、このような批判こそ捏造そのものなのだ。

ソウルの日本大使館前で、日本軍「慰安婦」への謝罪を避けている安倍首相に抗議する、元「慰安婦」と支援の人々。(2015年4月29日。提供/AP・AFLO)

産経新聞出版刊の『歴史戦 朝日新聞が世界にまいた「慰安婦」の噓を討つ』の第1章「朝日『慰安婦』報道が犯した罪」は、『朝日新聞』が、韓国・済州島で女性を強制連行したという故吉田清治氏の証言を取り上げていなければ、「慰安婦」問題の争点化はなかったとの前提の下に、論を進めている。そこでは「かつて1人の男の作り話が、これほど日本の国際イメージを損ない、隣国との関係を悪化させたことがあっただろうか」などとも述べられている。だが、その前提自体が虚構から出発しているのだ。

ここで確認すべき事実は、次の通りだ。まず、『朝日新聞』報道をきっかけに、吉田氏が韓国で注目された経緯はない。そして吉田氏の証言内容は、韓国側の問題意識を変化させるような性格のものではなかった。故に、「吉田証言」が否定されようがされまいが、「慰安婦」問題の枠組みには影響しない。

吉田氏が、「慰安婦」強制徴用に関わった人物として初めて韓国紙で言及されたのは、本人が「謝罪碑を建てたい」と韓国側に働きかけたのが契機だった。またいわゆる「吉田証言」が報道されたきっかけも、『朝日』とは無関係だ。吉田氏は1984年、タイ在住の元「慰安婦」、盧壽福氏が韓国へ一時帰国することを知り、「罪の意識に駆られて」訪韓した。そして同年5月27日、吉田氏の「『慰安婦』狩り」証言が、帰国中の盧氏への注目に乗ずる形で放送されることになる。

しかし吉田氏の証言が当時、新事実として注目された形跡はない。その後、1990年8月10日に、韓国KBSが「光復45周年特別企画」として放送した「慰安婦」特集番組でも、数多くの日本側証言が取り上げられる中、吉田氏は登場していない。「慰安婦」問題を「韓国女性史に影を落とす20世紀最大の事件」と告発した同番組で、吉田氏の証言は必要とされなかったのである。

崩れ去ったプロパガンダ

そして1991年8月15日、金学順(キム・ハクスン)氏による実名会見のスクープをものにしていた『北海道新聞』が、その余勢で吉田氏の単独インタビューを11月22日付で掲載する。これを同紙記者と親交のあった『東亜日報』特派員が、韓国に転電。他紙も追随し、吉田氏の「懺悔」が初めて証言として本格的に注目を集めることになった。

この時期は、「慰安婦」制度の日本政府関与を「当然の事実」と考える韓国側に対し、日本側が認めない態度で一貫していたため、責任立証のための証言や資料が待ち望まれていた。吉田氏の証言はしばらくの期間、元「慰安婦」の証言を別の角度から裏付けるものとみなされたのである。

一方、筆者が『週刊金曜日』2015年4月10日号「『「朝日」捏造説』は捏造だった」で解説した通り、韓国で「慰安婦」は強制されたとの認識に基づく記事は、1970年代以前の新聞でも確認できる。また日本でも、1974年刊のサンケイ新聞社出版局『誰も書かなかった韓国』、82年3月1日の日本テレビ番組「女子てい身隊という名の韓国人従軍慰安婦」など、「吉田証言」以前に韓国の「慰安婦」強制徴用の言説が詳細に取り上げられていた。

そうした日本側の関心が、韓国側に認知され、時に高く評価されていたことも分かっている。現在に至るまで、強いられた「慰安婦」という認識が変わらないのは、それが長年蓄積してきていた言説や、盧氏やそれ以降に韓国で名乗り出た元「慰安婦」らの証言に基づくものだからであり、「吉田証言」が根拠とされているからではない。まして現在の議論の重点は、「強制」かどうかといった「連行」の形態にあるわけではない。

さまざまな出来事を徹底的に無視しながら、「慰安婦」問題自体が「吉田証言」や『朝日』によって創られたかのように印象操作する『産経』――。同紙の報道は、都合の悪い歴史問題を『朝日』もろとも闇に葬ろうとのプロパガンダにすぎない。この虚妄は、歴史修正主義の安倍政権には感謝されても、国際社会はもちろん、後世の評価にも堪えられないだろう。
(よしかた べき・ソウル在住、言語心理学者。2月17日号)

※『週刊金曜日』2月17日号では、上記記事に加え、『産経』の「捏造記事」一覧や「南京大虐殺」「東京裁判」報道の問題点など『産経』の問題点を詳しく報道している。

小池都知事と安倍首相の“密約説”の信憑性高まる――区長選は知事主役の“茶番劇”

当確後の記者会見。石川区長(右)と区長選を「小池劇場」に利用した都知事。(撮影/本誌取材班)

夏の都議選の“前哨戦”とされる東京・千代田区長選が2月5日に投開票され、現職の石川雅己区長が自民党推薦の与謝野信氏と無所属の五十嵐朝青氏を破り、5選を果たした。1万6371票対4758票とトリプルスコア超の圧勝だった。

小池百合子都知事は告示1週間前の総決起集会で挨拶、告示後も4回も応援に駆け付け、1日の神田淡路町での街頭演説会では区長選を「代理戦争」と断言するなど全力投入状態だったが、「ぶっちぎりで勝利」で都議選に勢いをつけようとする狙いは明白だった。

ただ石川氏の選対内部でも、代理戦争を前面に出す「都民ファーストの会」(小池新党)関係者と、千代田区政が争点という地元支援者の間で意見が食い違い、「選挙戦後半は『都民ファースト』の方は引き揚げていただきました。石川区長も『代理戦争ではない』と否定、小池知事の“代理区長”ではありません」(石川選対関係者)。

与謝野候補の背後で糸引く“守旧派”内田茂都議を成敗する勧善懲悪の時代劇風政治ショーに千代田区長選を仕立てた小池知事は、「私が主役」と勝手に宣言、本来の主役を脇役に押しやったのだ。

「代理戦争」断言には石川氏も困惑。神田淡路町での街宣直後の囲み取材では、「代理戦争を否定していたではないか」「断言の根拠は何か」といった質問を浴びて、「私は知らない。知事に聞いて下さい」と知事発言の釈明に追われた。

与謝野候補も、小池知事の断言を受けて「代理戦争ではない」と明確に否定。選対幹部からも「代理戦争と言って小池知事自身が目立ち、千代田区長選を都議選の踏み台にしたいだけ。『小池知事ファースト』と呼ぶのがぴったりだ」と怒りを露わにしていた。

しかし官邸は、与謝野陣営を全面支援することはなかった。前号で「(小泉)進次郎氏投入は官邸の本気度のバロメーター」と指摘したが、結局、告示日に応援演説をした自民党東京都連の丸川珠代五輪担当大臣(東京選挙区の参院議員)と石原伸晃経済再生担当大臣を超える有名国会議員が千代田区入りすることはなかった。候補者と同世代の佐々木紀衆院議員(石川2区)が現地入りしたが、進次郎氏には遠く及ばなかった。

官邸は、橋下徹・前大阪市長(維新法律政策顧問)や松井一郎・大阪府知事(維新代表)との全面対決を避けた大阪ダブル選挙と同様、小池知事との融和路線を選んだのは間違いない。安倍晋三首相と小池知事会談で流れた密約説(自民党都連とは対決するが、国政選挙では自民党とは対決しない)の信憑性が増したとも言える。

【若狭氏の共謀罪批判と一線】

「東京五輪に向け創設が不可欠」と安倍首相が言い切った共謀罪(テロ等準備罪)に対する小池知事の姿勢も、密約説と符合するものだ。小池知事直系の若狭勝衆院議員(千代田区長選でも2回応援演説)は、「専門家としてこのままでは政府の考えに断固反対!!」と銘打った1月7日のブログで、「(共謀罪は)国民の多くの命をテロから守るためには効果が乏しい」と批判。国際組織犯罪防止条約締結に必要とする政府の説明も「(条約の対象が)不正な『金銭的利益』等に絡む国際組織犯罪の防止」と反論、テロに特化した「テロ未然防止法律」の制定を主張している。

しかし小池知事は4日の「希望の塾」後の囲み取材で、若狭氏のブログについて聞くと、「国政と地方政治は違う。共謀罪は国政の課題」と答え、国政と都政を切り分けた。盟友でテロ対策の専門家でもある若狭氏の主張(「五輪開催口実の共謀罪反対」「テロに特化した法整備をすべき」)に賛同し、五輪開催地のトップとして安倍首相に再考を迫ろうとはしないのだ。

千代田区長選は「表(都政)では対決しながら裏(国政)では手を結ぶ」という小池知事と安倍政権の二枚舌的関係を可視化してくれた。官邸設営容認の“小池劇場”で、守旧派都議を東京大改革派知事が退治するワンマンショーをメディアが実況中継したにすぎないと言えるのだ。

(本誌取材班、2月10日号)

「スーパー堤防」事業差し止めと慰謝料求めた裁判――あきれたコピペで却下・棄却

裁判所前で「不当判決」へのコメントを出す原告弁護団の大江京子弁護士(右端)。(撮影/樫田秀樹)

1月25日、東京都江戸川区北小岩1丁目の93世帯が国の「スーパー堤防」事業で立ち退いたことで、地権者ら4名が、国に対しては「スーパー堤防事業の差し止め」を、江戸川区に対しては、精神的苦痛への賠償として「1人100万円の慰謝料」を求めた裁判の判決が言い渡された。

東京地方裁判所の岸田日出夫裁判長は、前者は「却下する」、後者は「棄却する」と述べただけでものの10秒で退廷した。

スーパー堤防とは、概ね200メートル前後もの幅を有する巨大堤防で、洪水が越水しても堤防が崩れないのをウリにしている。そのためには河川沿いの住民の立ち退きが必須で、「事業実施前に、住民の移転承諾を得て盛り土工事を行わねばならない」と定められている。だが本件では、誰一人国から承諾を求められておらず、区の区画整理事業との名目で立ち退きを迫られ、更地になったところでスーパー堤防事業が始まった。この事実に住民は、「国に盛り土工事の権限がない」と訴えていたのだ。

判決後、弁護団は入手した判決文に肩透かしを食らった。

スーパー堤防では、造成後に元住民が戻ってくるのは可能だが、二度の移転は特に高齢者には無理だ。つまり、コミュニティ崩壊もはらむ事業なのに、岸田裁判長は「限度を超える権利侵害とは言えない。二度の移転を回避したければ、区の先行買収(土地を売り払うこと)に応じればよかったはず」と判示したのだ。

問題は、この判決文が、住民がこの件で区を訴えた「江戸川区スーパー堤防取り消し訴訟」の2013年12月の判決文の、いわゆるコピペであったことだ。

原告の1人、宮坂健司さんは最後まで立ち退きを拒んだ1人だが、「判決は想定内。だが、裁判所が深い考慮をしていないことが分かった。それでも私は声をあげ続け世論に訴える」と語った。

(樫田秀樹・ジャーナリスト、2月3日号)

いる、いる、まさに8頭──カナダ=エスキモー5(本多勝一)

3人のエスキモーたちは、ひと昔まえの望遠鏡でカリブーをさがす。狩猟のリーダー格は右端のイスマタ。その左にムーシシとカヤグナ。(『朝日新聞』1963年7月の連載「カナダ=エスキモー」第20回目、藤木高嶺記者写す。)

エスキモーたちは天測をするわけでも無論なく、吹雪か曇り日が続くこのころでは、沈まぬ太陽がどこにあるかも分からない。地形の記憶で走りつづける。人間の形をした岩だの鳥のような岩だのは重要な目じるしだから、固有名詞がついている。

1時間ほど走って、イスマタはまた望遠鏡をのぞく。彼がカリブーをその視野に入れて固定してから、私たちものぞく。うん、見えた。3頭だ。靄のかかった灰色のシルエット。首を地表にたれている。それも動いたから分かったのであって、まだ遠い。2キロメートルはあるだろう。あとの5頭はすわりこんでいるらしい。肉眼では、いくら目をこらしても見えない。

さらに20分ほど走ると、小さな湖に滑りおりた。凍結した氷に穴をあけて、ソリ3台を綱でしばりつける。犬が勝手に走りださないためだ。

イスマタを先頭に、その湖をかこむ丘陵へ登る。と、イスマタがそっと指さした。カリブーが1頭だけ立っているのだ。約200メートル先。ここからではこれ以上ちかづきにくい。前こごみの姿勢で、やや低い窪地ぞいに左手へ。窪地と言っても、高度差は数メートル以下。

再び高みへ這い上がる。イスマタが「ここまで来て止まれ」と合図。そこで腹ばいになって頭をあげると、いる、いる、まさに8頭。(敬称略)

(ほんだ かついち・『週刊金曜日』編集委員)

※この記事は現在、本多編集委員がかつての取材をもとに『週刊金曜日』に毎週連載しているものです。カナダ=エスキモーの連載は1963年に『朝日新聞』に掲載され、後に単行本や文庫本にまとめられています。