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「おおすみ」艦橋「避けられん」 海自側衝突1分前に認識か

海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」(8900トン)と釣り船「とびうお」(5トン未満)が瀬戸内海上で衝突、とびうおの船長と乗客の2人が死亡した事故(2014年1月15日発生)をめぐって遺族らが起こした国家賠償請求訴訟の第7回口頭弁論が、10月31日、広島地裁(龍見昇裁判長)であり、衝突の約1分前に「おおすみ」乗員が「避けられん」と発言していた事実を国側が認めた。

問題の部分は「おおすみ」艦橋で採られた録音のうち、衝突約1分前にあたる午前7時59分6秒。衝突は避けられないという意味に聞こえる。運輸安全委員会や海上自衛隊の調査で使われた書き起こし記録からは落ちており、遺族側弁護団(田川俊一団長)が指摘していた。

「おおすみ」が危険を認識した時期について国側はこれまで、衝突約30秒前まで危険はなかったが「とびうお」が突然右に舵を切ったために衝突したなどと主張。しかし、今回の「避けられん」発言で、少なくとも約1分前には危険を自覚していたにもかかわらず回避措置を採らなかった可能性が浮上した。

弁護団は「避けられん」のほかにも、「GのCPA46」(「とびうお」との最接近距離は46メートルまたはヤード)、「やばい」などの発言が艦橋内で聞き取れると指摘したが、これらについては国は否定している。録音状態が悪いため、弁護団は専門家による音声分析を行なう方針。

次回口頭弁論は来年1月12日午後3時、広島地裁で開かれる。

なお本誌10月27日号掲載の「おおすみ」関連記事で、同艦の最高速度を約17ノットとした点について、読者より「防衛省の公表データは22ノットとある」との指摘を受けた。これは、運輸安全委員会の調査報告書に記載された「おおすみ」の運動性能表(変速標準表)に従って表記をしたことによる食い違いである点、お断りしておく。

(三宅勝久・ジャーナリスト、11月17日号)

【憲法を求める人々】望月衣塑子(佐高信)

「きちんとした回答をいただけていると思わないので、繰り返し聞いています」

官房長官の菅義偉に食い下がった望月に、ある種のバッシングも始まったころ、元文部科学官僚の寺脇研の紹介で彼女に会った。

そのとき私は彼女を励ます意味で拙著『抵抗人名録』(金曜日、現在は光文社知恵の森文庫)を渡した。理不尽と闘う仲間としてこういう人たちがいるよということを伝えたかったからである。

彼女が報道に携わる仕事に就く契機は、母親に薦められて吉田ルイ子の『南ア・アパルトヘイト共和国』(大月書店)を中学生の時に読んだからだった。機会があって吉田と会い、「まず小柄なのにおどろいた」と望月は『新聞記者』(角川新書)に書いている。

「にもかかわらず、ほとばしるようなエネルギーを放っていた」というが、小柄な点とエネルギーの発熱は望月も同じである。吉田の作品では私は『ハーレムの熱い日々』(講談社文庫)が忘れられない。

望月は母親の手引きで演劇の楽しさに魅せられ、一時は舞台女優になろうと思った。

「大きな声。人に見られていても物怖じしない度胸。そして、感情移入しやすい性格。演劇を通して身についたものは、その後に志した新聞記者の道でも私を支えてくれている」と望月は述懐しているが、私は彼女が小さいころは引っ込み思案だったと告白しているのに頷く。

好きな作家がアルベール・カミュで、好きな映画は『灰とダイヤモンド』と語るのには、その渋さに「いったい幾つなんだ」と反問したくなるが、「いちばんの宝物」は「早くに亡くなった両親の写真」だという。ともに私より若くて70歳を迎えることはなかった。

特に父親は7年前に59歳で亡くなっている。高校時代から学生運動にのめり込んで、業界紙の記者となった。

望月が『読売新聞』への転職を考えていた時、相談すると、
「お父さん、読売だけは嫌なんだよ」
と切なそうに言った。それを望月は「意外」と受けとめたというから、彼女の追及は思想的なものではないことがわかるだろう。

珍しい名前だが、萩原朔太郎に関係があるらしい。「帰郷」と題する萩原の詩はこう始まる。

わが故郷に帰れる日
汽車は烈風の中を突き行けり。
ひとり車窓に目醒むれば
汽笛は闇に吠え叫び
火焔は平野を明るくせり。
まだ上州の山は見えずや。

私はこの一節を何度口ずさんだかわからない。

「憲法を求める人びと」も闇夜に幾度も「まだ上州の山は見えずや」と心中で叫んだに違いない。しかし、山はあるのである。あるいは山のあることを信じて進んでいくしかない。

本誌6月23日号のインタビューで望月は、官房長官の記者会見について、
「英字紙『ジャパンタイムズ』のベテラン記者、吉田玲滋さんも鋭い質問をしてくれますし、会見の雰囲気も変わりつつあります。会見場で孤立しているわけではありません」
と語っている。

記者として当然の質問をしている望月が「孤立」するなど論外だろう。最後に望月に能村登四郎のこんな句を贈ろうか。

幾人か敵あるもよし鳥かぶと

あなたは決して1人ではない。少なくとも本誌がついている。

(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、11月17日号。画/いわほり けん)

トランプと安倍がゴルフに興じた日に 吉永小百合が見せた孤高の反骨

「結婚していてもしていなくても、長生きすれば、最後はみんなひとりになる」と書いたのは社会学者の上野千鶴子である。

11月5日日曜日の昼下り、東京都江東区・夢の島公園のはずれにある「第五福竜丸展示館」に、大スター・吉永小百合(72歳)はいた。

トランプ大統領が米軍横田基地に直接着陸し安倍首相とゴルフに興じた、まさにその日、吉永は、第五福竜丸建造70周年記念の「この船を描こう 森の福竜丸~男鹿和雄と子どもたちの絵」展のオープニングイベントに現れたのだ。狙い澄ました一撃を加えるかのような来訪は9年ぶりだったという。

トランプ大統領は日本上陸前の3日に「リメンバー・パールハーバー」とツイートしたが、吉永小百合は「広島や長崎、福島、そして第五福竜丸・福島を忘れない――」とトランプ大統領に反論して、数少ない参加者を前にして静かに、だが凜として“核廃絶”を訴えたのだった。

事実、吉永小百合は、広島の原爆の悲惨さを訴える原爆詩の朗読会を繰り返し開いてきている。これまでも私は、人にまぎれて第五福竜丸展示館で、彼女の原爆詩の“読み聞かせ”を聴いてきている。

さらに吉永は「米国大統領には、ノーベル平和賞を受賞した人が……」とオバマ前大統領についても暗に触れ、トランプと安倍の核廃絶への後ろ向きな態度を、俳優らしく言葉を選びながら、深いため息をもらしつつ、嘆いた。「第五福竜丸」の絵を描いた20人の子ども達と記念写真撮影にも、吉永は控えめに立ち、静かに微笑んでいた。

私は、遠目に吉永小百合を見ながら、「独りぼっちで抗っている!!」と、思わず独り言を呟いた。

【孤独を恐れず】

そもそも第五福竜丸が展示されたきっかけは新聞の読者欄に打ち捨てられていた第五福竜丸について投稿が掲載されたことだ。マグロ漁船第五福竜丸は1954年に米国の水爆実験による死の灰で23人の乗組員全員が被曝させられた。さまざまな問題に直面しながらも第五福竜丸は展示されなんとか保存されている。

私の故郷、静岡県掛川市は第五福竜丸の拠点港だった焼津港と近く、水爆犠牲者としてシンボル化された久保山愛吉さんの娘さんが同じ齢ということもあり、小学生の頃からなにかと近しい存在であった。事実、私の初小説集『散骨』(光文社刊)も打ち捨てられていた第五福竜丸が舞台の一つ。執筆当時には現・第五福竜丸平和協会事務局長の安田和也と何度も会い、安田からは「エロでもいいんです、第五福竜丸に触れてくれるのなら……」と小説化について快諾をいただいてもいる。

吉永小百合が若かりし頃に主演した映画『キューポラのある街』は、在日朝鮮人の北朝鮮帰国問題なども扱われていて、われわれ団塊世代にとって衝撃的な作品であった。吉永小百合も、持って生まれた“純情”と“反抗力”を上手に使いわけて、俳優を続けてきた。事実、反権力映画であったとしても、相手役には常にメジャーな俳優を選んでいる。私に言わせれば、「独りぼっちの抗う精神」は、独りぼっちでは成就はできない。

私は今の吉永小百合が好きだ!!だって、今の日本に他に代わる人がいないのだから。吉永は独りぼっちを、孤独を、恐れてはいない。(文中一部敬称略)

(高須基仁・出版プロデューサー、11月17日号)

袴田事件、高裁審理がようやく終結へ 今年度中に再審可否を決定

3者協議を終え記者会見する弁護団と袴田秀子さん(右から2人目)。(撮影/小石勝朗)

1966年に静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」で、死刑が確定した元プロボクサー袴田巖さん(81歳)が求めている再審開始について、東京高裁(大島隆明裁判長)は11月6日、可否の決定を来年3月までに出す方針を明らかにした。検察が静岡地裁の再審開始決定を不服として即時抗告してから4年を経て、ようやく高裁の判断が示される。

袴田さんの弁護団は同日の高裁、検察との3者協議で「本日をもって協議の終了を」と求めた。それを受ける形で高裁は、来年1月19日までに検察と弁護団が最終意見書を出すとの日程を提示。決定の時期について「今年度内にできるだけ早く」と述べたという。

西嶋勝彦・弁護団長は記者会見で「十分に審理を尽くし検察の主張は粉砕した。地裁決定をさらに強化して不動の内容にしてほしい。1日も早い再審開始を望む」と自信を見せた。巖さんの姉の袴田秀子さん(84歳)は「(9月にあった)DNA鑑定の鑑定人尋問を聴いて勝った気でいる。良い結果をくれると思う」と語った。

一方、検察は審理終結を予期してか、この日の3者協議に合わせて18点もの「証拠」を新たに高裁へ提出した。高裁で焦点になったDNA鑑定の手法や、地裁決定が新証拠と認定した1年2カ月味噌に漬かった衣類の色をめぐる、学者の意見書や調書だという。

審理の長期化につながるこうした対応が取られるのは、検察が再審開始決定に対し抗告できる仕組みに問題があるとの指摘が出ている。6月に再審開始決定を受けながら検察に即時抗告された「大崎事件」の鴨志田祐美・弁護団事務局長は、11月9日に東京都内で開かれた集会で「迅速な裁判を受ける権利や『二重の危険の禁止』という憲法の規定に反する」として、検察の抗告を禁止するよう訴えた。袴田事件の高裁決定の内容如何で、議論が活発になりそうだ。

(小石勝朗・ジャーナリスト、11月17日号)

「慰安婦」否定の歴史修正主義に日本政府が加担(山口智美)

カリフォルニア州グレンデール市の「慰安婦」少女像。右派による海外での「歴史戦」のシンボルとなった。

海外での「慰安婦」少女像設置の動きに対抗し、日本軍「慰安婦」強制はなかったとして設置に反対・抗議活動をする在外邦人の動きが北米で目立つ。しかもそれに日本政府が加担している。

6月30日、米ジョージア州ブルックヘイブン市の公園に「慰安婦」少女像が設置された。2013年に設置されたカリフォルニア州グレンデール市の少女像に続き、全米で2例目の公有地に建てられた少女像だ。ブルックヘイブン市の少女像は、地元の市民団体の働きかけにより、アトランタ市の公民権・人権センターで設置が予定されていたものだが、3月、突然不許可になった。背景には在アトランタ日本国総領事館からの圧力があったという。市民団体はその少女像を近郊のブルックヘイブン市に寄贈し、市が受け入れた。そして、総領事館は同市に対しても設置撤回を強く働きかけた。

日本人に「いじめ」被害?

6月23日付の地元紙『リポーター・ニュースペーパー』によれば、篠塚隆アトランタ総領事は、「歴史的事実として、『慰安婦』は性奴隷ではなく、強制されていない」「アジアの国々では家族を養うためにこの仕事を選ぶ女の子がいる」「(少女像は)日本への憎悪と憤りの象徴」などと発言。取材をした記者は、「総領事が『慰安婦』は売春婦だと述べた」とまとめた。

これに対し、市民団体のみならず、韓国政府も反発し、国際問題に発展した。その後6月29日には、市議会で市民が意見を述べるパブリックコメントの機会に、大山智子領事と、「テキサス親父」ことトニー・マラーノ氏、幸福の科学アトランタ支部関係者などが登場し、少女像建設に反対する意見を述べた。要するに、日本総領事館が表立って歴史修正主義に加担し、総領事自ら「慰安婦」否定の暴言を公の場で行なったのだ。

日本の右派による「慰安婦」碑の建設妨害の動きは今に始まったことではない。全米初の「慰安婦」碑が建設されたのは10年、ニュージャージー州パリセイズパーク市である。この碑に関して、12年5月号の『正論』(産経新聞社)に、ジャーナリストの岡本明子氏が「米国の邦人子弟がイジメ被害 韓国の慰安婦反日宣伝が蔓延する構図」と題する記事を発表した。

これ以降、北米の「慰安婦」碑への日本の右派による反対運動が目立ち始め、具体的な被害報告や証拠も提示されないままに「慰安婦」碑によって在米日本人に「いじめ」被害が出ているという説が右派の間で広がっていった。そして「慰安婦」問題の「主戦場」が米国だという言説が広がり始めた。

ニューヨーク州にある「慰安婦」碑(中央)。2012年6月に設立された。13年1月には同州議会上院が記念碑により「慰安婦」問題を記憶にとどめるとする決議も出した。

同年6月に全米で2番目に建てられたニューヨーク州ナッソー郡での「慰安婦」碑に対しては、「なでしこアクション」などの右派団体が抗議を呼びかけ、日本からの抗議メールが殺到した。それ以降、「慰安婦」碑の建設計画があるたびに右派が呼びかけ、日本からの抗議メールが殺到するパターンが続いている。

この6月、グレンデール市を訪れた。少女像がある公園と図書館ではその時期、1915年に起きたオスマン・トルコによるアルメニア人虐殺の展示が行なわれており、同じ公園に少女像と虐殺サバイバーの展示が同居していた。同市最大のマイノリティはアルメニア系である。同市にとって重要な意味を持つアルメニア人の虐殺の記憶と、「慰安婦」問題の共通性を見出したからこそ、市民が積極的に像を支援した面もあっただろう。

少女像のある公園では、地元アーティストのアラ・オシャガン氏らによるオスマン・トルコのアルメニア人虐殺のサバイバー(生存者)の展示が行なわれていた。植民地下の特定民族に対して行なわれた差別や暴力、加害国政府がいまだ責任を認めていないという意味で同様の意味をもつ。

グレンデール市が、「平和の少女像」を公園に設置したのは13年7月30日。このとき、戦前からの移民やその子孫である日系人の団体は、韓国系米国人団体と連携をとり、設置を支持した。戦時中の日系人収容政策や、それに対する公式な謝罪と個人補償の重要性と、元「慰安婦」の状況を重ね合わせた日系人たちがいたのである。

だが右派の在米日本人らは積極的な反対運動を展開。7月9日に開かれた公聴会には、数多くの在米日本人が参加し反対意見を述べた。さらに14年2月、日本の右派論客や活動家と在米日本人らは「歴史の真実を求める世界連合会(GAHT)」を設立し、目良浩一(めらこういち)代表らがグレンデール市を相手取り、撤去を求め米国連邦地方裁判所に提訴。同年10月にはカリフォルニア州裁判所にも同様の訴えを起こした。16年12月、カリフォルニア州控訴裁判所はGAHTの訴えを棄却。SLAPP(恫喝的訴訟)と認定する判決を出す。17年3月には、連邦最高裁でもGAHTの敗訴が確定した。だが同年2月、州裁判所でSLAPP認定された訴訟にもかかわらず、日本政府は連邦最高裁にGAHTの上告が認められるべきとする異例の意見書を提出している。

また日本でも、14年の『朝日新聞』「慰安婦」報道検証記事をめぐり、右派の3団体が朝日新聞社相手に裁判を起こした。特に日本会議が全面支援する「朝日・グレンデール裁判」は、朝日新聞社の「誤報」により国際世論の誤解を生み、被害を受けたとする在米日本人を主要な原告として裁判を闘った(17年4月27日、東京地裁で原告敗訴判決。現在控訴中)。米日双方での裁判や運動への支持を広げるため、日本の右派は在米日本人右派を組織化し、GAHTの他、ロサンゼルスで「True Japan Network」、ニューヨークとニュージャージーで「ひまわりJAPAN」、カナダで「トロント正論の会」などの運動体が結成された。

政治家の無知発言こそ恥

在米日本人右派の運動が拡大する中で、問題も発生している。今年設置が予定されているサンフランシスコの「慰安婦」碑に関する公聴会では、在米日本人右派が「慰安婦」否定論を展開し、特にGAHTの目良代表は元「慰安婦」の李容洙(イヨンス)氏を目前にして「この人の証言は信頼できない」と発言。デイヴィッド・カンポス市議が「恥を知れ」と怒る1幕もあった。「慰安婦」碑の設置は全会一致で可決したものの、李氏が受けた精神的被害は相当のものだったろう。

13年の米カリフォルニア州ブエナパーク市やカナダのブリティッシュコロンビア州バーナビー市、15年の米カリフォルニア州フラトン市など、「慰安婦」碑の建設を見送った自治体もある。これらの自治体に対しても、日本政府は積極的に働きかけていた。ブエナパーク市長、エリザベス・スウィフト氏は筆者の取材に対し、日本総領事の自宅への招待、領事館からの書簡や関連資料が送られ、「慰安婦」碑を建立しないよう働きかけがあったと語った。サンフランシスコでも、設置をめぐって在サンフランシスコ総領事館が在米日本人のみならず日系人らにも圧力をかけていたと、小山エミ氏が共著の『海を渡る「慰安婦」問題』(岩波書店)で報告している。

安倍晋三首相自身が「慰安婦」強制はなかったとする歴史観であるからか、日本政府の歴史修正主義への加担が目立つ。批判すべき立場の民進党の蓮舫氏も、ブルックヘイブン市の少女像は日韓合意を守っておらず「極めて遺憾」と発言。米国の自治体が建てた少女像に日韓合意は無関係なのに、この問題への無理解を露呈している。「歴史に学ばない日本」像が海外に拡散されることこそ日本の恥であり、その実害は大きいことを一刻も早く認識すべきである。

(やまぐち ともみ・モンタナ州立大学教員。9月1日号、写真も)

安倍後をにらんだ動きが公然化(佐藤甲一)

自民党内で気になる動きが、しかも「有力議員」の間で続いている。11月7日、野田聖子総務大臣が記者会見で、地元・岐阜で「政治塾」を立ち上げることを表明した。これだけなら、小池百合子東京都知事の「二番煎じ」に見えるが、その塾生から男性を「排除」し、女性だけの政治塾を立ち上げると説明した。その理由として、先の衆議院選挙で自民党内の女性議員の比率が低下したことを挙げた。

野田氏は、まずは来年春に岐阜で立ち上げた上、いずれ全国展開する考えを示した。野田氏は前回の自民党総裁選挙で立候補を目指したが推薦人を集めきれずに断念した経緯がある。野田氏は当選9回にして57歳、むしろ、次の次まで視野に入れた動きと見ていいだろう。女性の政治進出の必要性が指摘されるのは何も今に始まったことではない。野田氏の動きを画一的な「女性活用」の視点で見ていては、その影響を見誤る。

民進党が立憲民主党、希望の党、無所属の会、参議院の民進党に4分裂したことは、非自民票がおおむね革新リベラルと保守リベラルに分けられたことを意味する。自民党にとって保守リベラルの希望の党をどのように取り込んでいくかは、憲法改正を目指していく上で喫緊の課題だ。

しかし、希望の党ぐるみの協力を得ていくとすれば、また対価も支払わねばならない。安倍晋三首相がそれを目指すのは勝手だが、次の次を視野に入れた野田氏からすれば、どう野田シンパの政治勢力を増やすかが重要だ。頭を悩ませているところに、手つかずの保守層が誕生したのである。

希望の党の比例得票は約967万票。つまり500万票の保守女性票の存在が明らかになった。野党を切り分ける軸は、今は「政治姿勢」ではなされているが、そこに「女性」という網をかけ直した場合に、女性保守政治家・野田聖子氏に集まる野党の保守リベラル層は出てくるのか出てこないのか。自民党内にあらたな女性保守リベラル層を取り込めば野田氏の有力な支持母体となり、総理総裁への道が開けるかもしれない。

もうひとり、小泉進次郎筆頭副幹事長の言動も注目に値しよう。安倍首相が教育無償化の財源として、産業界に3000億円の拠出を求めたことを問題視した。「首相と財界が握っ」たと切り捨て、重大な政策決定が自民党内での議論を経ずに安倍首相の「専断」でなされていることを非難した。当然の指摘だ。首相の言う「謙虚」とはただの舌先三寸であることを早くも証明してしまった。

ただ、見落とせないのは、小泉氏は政策決定のプロセスが「議院内閣制」の趣旨を逸脱しており、政党政治を蔑ろにする首相の手法を非難したにすぎず、財界との「握り」そのものを非難したわけではない。財界が内部留保をはき出せば、結果として労働者の賃上げに影響が出て、庶民の実質増税につながることには触れていない。取りやすいところから取る、自らが提唱する「こども保険」の底意と同根だからであろうか。

それぞれの思惑はさておき、自民大勝は「安倍一強」政治のさらなる強化には結びつかなかったことは確かである。自民党内の「ポスト安倍」の動きが公然化し始めたと言っていい。それにしても共闘どころか分裂の度合いを日々広げる野党の体たらくが情けない。

(さとう こういち・ジャーナリスト。11月17日号)

提案した新潟選出の自民党議員は、地元には“職務怠慢” 質問時間割合変更は野党軽視の暴論

新潟で石崎とおる氏を応援する石破茂氏(左)。10月15日。(撮影/横田一)

文部科学省の大学設置・学校法人審議会が11月10日、加計学園獣医学部新設を認める答申をしたのを受けて、14日に衆院文部科学委員会を開いて質疑を行なうことになった。しかし、同委員会野党側筆頭理事の川内博史衆院議員(立憲民主党)は、与党側が提案した質問時間割合の変更に反発。「5対5」を求める与党と、「野党8対与党2」の維持を求める野党と折り合いがつかず、流会となった。

質問時間変更問題の発端は、総選挙後に石崎とおる衆院議員(新潟1区)ら自民党若手議員が森山裕国会対策委員長と松本純国会対策委員長代理に申し入れをしたことだ。その理由を石崎氏は、ブログでこう綴っていた。

「(5年間の国会運営で)若手議員に質問時間が回ってくることはほとんどありませんでした。1回も質問時間が回ってこない議員が、『仕事をしていない』と週刊誌に叩かれることもありました。若手も国民の代表者であり、地域で聴いた国民の声を国政に届け、諸政策に反映させていくことは極めて重要な議員活動の一つであるにも関わらずです」

これに対して立憲民主党の枝野幸男代表は「議院内閣制では政府与党が一体となって法案や予算を事前に十分に議論している。全く論外で、議院内閣制の基本を分かっていない」と批判したが、まさに正論だ。先の通常国会で与野党が対決した「テロ等準備罪(共謀罪)法案」では、自民党の部会に法務官僚が出席して事前審査(議論)を実施。部会は非公開であったが、メディアに公開して若手議員が法案の問題点を明らかにする仕事ぶりを発信できた。与野党国会議員で“主戦場”が異なることを無視した暴論にすぎないのだ。

【原発安全対策置き去り】

しかも「柏崎刈羽原発」の立地県新潟が地元の石崎氏は、地域の課題を諸政策に反映させる職務をしているとは言い難い。というのは総選挙中に、石崎氏の応援演説で現地入りした石破茂元防衛大臣から問題発言が飛び出していたのに放置していたからだ。

「『テロ対策はもっときちんとしないといけない』というのは、私は防衛庁長官(第68・69代長官を歴任、その後第4代防衛大臣)の時からずっと言っていること。原発を民間警備会社やお巡りさんが守っている国は(日本以外には)ないからね。『原発テロ対策はきちんとやらないといけない』と思っています」「(再稼働を止めて稼働中の原発も停止する考えについて)そうしたら、どうやってこの国のエネルギーをまかなっていくのかという問題になる。電気料金がどこまで上がるのかもわからない」(10月15日の新潟市での街宣後に筆者が直撃したときの発言)。

しかし、総選挙後、石崎氏は自民党の部会で問題提起(原発テロ対策強化法案の準備など)しなかった。米山隆一新潟県知事は8日の会見で、筆者の質問にこう答えたのだ。

――(石崎議員を含めた)新潟県選出の自民党国会議員から「今の原発テロ対策が不十分だから強化するべきではないか」とか知事と意見交換したり、(党の)部会で取り上げたりという話はお聞きになったことはないのでしょうか。

●米山知事「特段ありません」。

――(希望の党から出馬・落選した)若狭勝さんは自民党国会議員時代に「原発テロ対策が不十分だ」「原子力規制委員会の審査は甘い」ということを自民党の部会で発信なさっていたのですが、石崎さんはじめ自民党の地元国会議員からそういうことを聞いたことはないのでしょうか。

●米山知事「自民党の部会が何をしているかは分かりません。少なくとも(地元の自民党国会議員から)個別に言われたことはない」。

職務怠慢とはこのことだ。石崎氏が総選挙後に地元のために真っ先にすべき仕事は、自民党や首相官邸の“御用聞き”のような質問時間変更提案ではなく、原発テロ対策強化(自衛隊がすぐに原発防護で出動できる法整備など)なのではないか。国民の生命や財産など二の次で保身しか頭にない安倍首相(自民党総裁)と若手議員は見事に重なり合うのだ。

(横田一・ジャーナリスト、11月17日号)

商工中金の巨額不正融資はなぜおきたか(鷲尾香一)

政府系金融機関の商工組合中央金庫(商工中金)は10月25日、政府の危機対応融資を使った不正に対する調査報告書を発表した。

同報告書によると、全100店のうち97店で不正が行なわれ、危機対応融資が実施された21万9923口座のうち、不正があるとの判定は4609口座、判定不能のため、疑義が払拭できなかったのが7569口座あった。

4609口座での融資実行額は2646億4900万円にも上り、これに関与した職員数は444人で、危機対応融資に当たった営業職員延べ約2300人の19.3%に上った。

そもそも、この不正とはどのようなものだったのかと言えば、本来、災害などで一時的に業績が悪化した企業に対して適用される危機対応融資を、健全な企業の財務資料などを改竄することで、業績が悪化したように偽装して融資を実行したものだった。

不正を実行した職員は、「危機対応業務は商工中金の一丁目一番地だと本部や支店管理職から言われていた」「危機対応業務の業務計画や個々人の目標値の達成率を少しでも上げるため」と話しており、ノルマに対する強いプレッシャーがあったことは明らかだ。

この調査結果を受け、経済産業省出身の安達健祐社長が引責辞任に追い込まれた。

しかし、問題の根源は危機対応融資にあるのではない。こうした不正が行なわれる環境があり、そうした土壌が作られてきたことにこそ問題が潜んでいる。

商工中金という政府系金融機関のベースは通産省(現経済産業省)からスタートしている。中小企業および中堅企業の資金供給の円滑化のために作られた組織だ。

現在の所管も中小企業庁にあるように、経済産業省の関連機関である。つまり、不正を生み出す環境や土壌は、金融を司る財務省(旧大蔵省)や金融庁のコントロールが効かないという「縦割り行政の弊害」から来ている。

バックに経済産業省があり、金融庁行政が及びづらい政府系金融機関となれば、“腐った土壌が醸成する条件”は十分に整っていたということだろう。

1990年終りから2000年初めにかけて、金融制度改革が花盛りとなり、民間金融機関が改革の大きな波に飲み込まれた。13行あった都市銀行は、合併・経営統合を繰り返し、現在のメガバンク3行とりそなの4行に集約された。

同じ政府系金融機関の農林中央金庫も農業の衰退と農家の後継者不足も影響し、その業容を大きく変化させた。

こうした中にあって、商工中金だけが、唯一無傷で“治外法権”の中で生き延びてきている。確かに、設立当時の協同組合から株式会社化はなされたが、幾度となく完全民営化は先送りされ、未だに政府系金融機関という位置付けにある。

政府の株式の売り出しによる完全民営化への検討過程では、衆参両院で附帯決議まで行なわれ、金融行政のうえで特に配慮を行なうこと等が決められるなど、優遇されている。

商工中金の不正は、政治家と政府が一体になって同金庫に対する利権争いを行なった結果、起こるべくして起きたものと言えよう。

(わしお こういち・経済ジャーナリスト。11月10日号)

エンケンのメール(小室等)

フランス・ボルドーの町のレストランでロゼワインを飲みながら生牡蠣(なまがき)を食べているときに同行の仲間が、「遠藤賢司さんが亡くなったそうです。さっきネットのニュースで」と。

一〇月二五日、ナントでサックス坂田明、ピアノ黒田京子、パーカッション高良久美子諸氏とライブ。翌日、先に帰国の坂田さんたちを見送り、音楽関係とは無縁の仲間たちとボルドーへ移動。気持ちはノーガードだった。同行の妻は娘からの電話で知っていたが、本番が終わるまで伏せておいてくれた由。込み上げてくる感情を抑えつけ、生牡蠣をワインで喉に流し込みながら賢司を追悼した。

今年、賢司にもらったメール。

《「想い出づくり。」、日本映画チャンネルでみてますよ。やはり、名曲ですね。ザンフィルとは演奏集団ですか? 「だれかが風の中で」、また、一緒に、演りましょう!》

「想い出づくり。」は、山田太一脚本のテレビドラマで僕が作ったテーマ曲のこと。ザンフィルはルーマニアのパン・フルート奏者で、ドラマの音楽の演奏をしている。「だれかが風の中で」は、これも僕が作曲した、テレビドラマ「木枯し紋次郎」のテーマソング。賢司のハーモニカと何度か一緒にやったことがあった。

紹介したいのは、このメールの最後、誰宛であれつけている長いメッセージ。賢ちゃん、公表させてもらうね。

(・. )/?ヽ(.・)/(・. )/?ヽ(.・)/
石原森友の為のオリンピック!やめて好い!
セメテ築地市場だけは復活セヨ!
(・. )/今すぐ原発全廃¥(、。・)/
(・. )/廃案 安保関連法案 辺野古基地案ヽ(.・)/¥(、。・)/日本列島南海トラフ巨ナマズ鎮撫(~^・^~)オスプレイ五月蠅い¥(、。・)/
ヽ(.・)/当然軍事基地は日本各県持ち回り
¥(.・)/自衛隊は何処から見ても軍隊だ。なら専守防衛限定の文民統制軍隊として、今こそ微細則極めるべし。でなけりゃ非常時の生き死に焦った銃口は、必ずや国民に向く\(゚ !゚ )/侵略戦争反対¥(.・)/
↑共謀罪も同じく何年も何年も微細則突き詰めてからだ!(.・)/
¥(・. )/個々人の歌は自由民権の礎なり¥(.・)/
簡略化された象形文字=漢字と、それを仲立ちする、平仮名と片仮名で、歌いカツ引っ?き叩く、言音一致の純音楽家 エンケンでした。視読感謝(≡^吉日^≡)

われら肝に銘ずべき。エンケン、君が残してくれた辞世のメッセージソングだよ。

(こむろ ひとし・シンガーソングライター、11月10日号)

※編注 〈歌いカツ引っ?き叩く〉の〈?〉は遠藤賢司さんのメールでもそうなっています。文字化けだとは思いますが、原文の通りとさせていただきます。

官僚が苦り切る「杉田機関」が継続(西川伸一)

11月1日に第4次安倍晋三内閣が発足した。安倍首相は全閣僚を再任したのに続いて、横畠裕介内閣法制局長官など特別職16人も再任した。ここで私が注目したいのは、杉田和博内閣官房副長官(事務)も再任されたことだ。

閣議には首相はじめ各大臣が出席する。加えて内閣官房副長官(政務)2名と、いずれも非議員の事務副長官および内閣法制局長官の合計4名が陪席する。事務副長官には旧内務省系の省庁の事務次官経験者が多く就いてきた。「官僚首座」とも「影の総理」とも言われるポストで、閣議では閣議案件を説明する。それゆえ事務副長官がいないと閣議が開催できない。

その職務については、歴代最長の8年7カ月在任した古川貞二郎氏がこう回想している。「総理官邸の事務方トップである内閣官房副長官の職務は緊張と激務の連続である」(古川貞二郎『私の履歴書』日本経済新聞社)。「副長官というのは二十四時間体制。遠くに出かけることもできない。(略)在任中に東京を離れたのは休日を除くと合わせても十四、五日ぐらいだろう」(同『霞が関半生記』佐賀新聞社)。

古川氏もその前任者で7年3カ月務めた石原信雄氏も就任のあいさつ回りをしたところ、血尿が出るぞと脅されたという。

さて、現副長官の杉田氏は現在76歳である。古川氏が副長官を退いたのが69歳、石原氏は68歳であった。杉田氏は第2次安倍内閣発足とともに71歳で就任している。その高齢ぶりは際立つ。

警察庁出身で同警備局長を務めたあと、内閣情報調査室長、次いで初代内閣情報官に就いた。2001年4月には内閣危機管理監となった。このとき安倍首相は第1次小泉純一郎内閣の政務副長官だった。官邸でともに働いた間柄になる。杉田氏には後藤田正晴、藤波孝生両官房長官に秘書官として仕えた経歴もある。そこで「杉田以上に官邸を知り尽くす人はいないといわれる」(15年8月27日付『産経新聞』)。

官邸ばかりか、警備局長上がりだけに霞が関全体にその情報網は張り巡らされているようだ。一部では「杉田機関」と恐れられていると漏れ聞いた。たとえば、16年9月ごろ、前川喜平文科事務次官(当時)は、杉田氏から「こういうところに出入りしているそうじゃないか」と出会い系バー通いを注意された(17年6月9日号『週刊朝日』)。

官僚のプライベートにまで目を光らせているのだ。その杉田氏が官僚の幹部人事を取り仕切る内閣人事局長を今年8月から兼務している。彼の再任に苦り切っている官僚たちも多いのではないか。後期高齢者となってもこの激職に起用され続けようとは。

杉田氏のみならず、麻生太郎副総理兼財務大臣は77歳、二階俊博自民党幹事長は78歳、高村正彦自民党副総裁は75歳である。ジジイたちに支えられている安倍政権に、36歳の小泉進次郎自民党筆頭副幹事長の直言が小気味よい。選挙運動を通じて「今回おごりゆるみだけでなくて、全国で感じたことは『飽き』ですね」(10月23日付「NHKニュース」)。教育無償化の財源を首相が産業界に求めたことについて「全く党で議論していない」、自民党大勝には「獲得議席数ほど党の信頼は回復していない」(11月3日付『日本経済新聞』)。ゆめゆめ「杉田機関」に足元をすくわれないように!

(にしかわ しんいち・明治大学教授。11月10日号)