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「慰安婦」否定の歴史修正主義に日本政府が加担(山口智美)

2017年11月27日7:05PM

カリフォルニア州グレンデール市の「慰安婦」少女像。右派による海外での「歴史戦」のシンボルとなった。

海外での「慰安婦」少女像設置の動きに対抗し、日本軍「慰安婦」強制はなかったとして設置に反対・抗議活動をする在外邦人の動きが北米で目立つ。しかもそれに日本政府が加担している。

6月30日、米ジョージア州ブルックヘイブン市の公園に「慰安婦」少女像が設置された。2013年に設置されたカリフォルニア州グレンデール市の少女像に続き、全米で2例目の公有地に建てられた少女像だ。ブルックヘイブン市の少女像は、地元の市民団体の働きかけにより、アトランタ市の公民権・人権センターで設置が予定されていたものだが、3月、突然不許可になった。背景には在アトランタ日本国総領事館からの圧力があったという。市民団体はその少女像を近郊のブルックヘイブン市に寄贈し、市が受け入れた。そして、総領事館は同市に対しても設置撤回を強く働きかけた。

日本人に「いじめ」被害?

6月23日付の地元紙『リポーター・ニュースペーパー』によれば、篠塚隆アトランタ総領事は、「歴史的事実として、『慰安婦』は性奴隷ではなく、強制されていない」「アジアの国々では家族を養うためにこの仕事を選ぶ女の子がいる」「(少女像は)日本への憎悪と憤りの象徴」などと発言。取材をした記者は、「総領事が『慰安婦』は売春婦だと述べた」とまとめた。

これに対し、市民団体のみならず、韓国政府も反発し、国際問題に発展した。その後6月29日には、市議会で市民が意見を述べるパブリックコメントの機会に、大山智子領事と、「テキサス親父」ことトニー・マラーノ氏、幸福の科学アトランタ支部関係者などが登場し、少女像建設に反対する意見を述べた。要するに、日本総領事館が表立って歴史修正主義に加担し、総領事自ら「慰安婦」否定の暴言を公の場で行なったのだ。

日本の右派による「慰安婦」碑の建設妨害の動きは今に始まったことではない。全米初の「慰安婦」碑が建設されたのは10年、ニュージャージー州パリセイズパーク市である。この碑に関して、12年5月号の『正論』(産経新聞社)に、ジャーナリストの岡本明子氏が「米国の邦人子弟がイジメ被害 韓国の慰安婦反日宣伝が蔓延する構図」と題する記事を発表した。

これ以降、北米の「慰安婦」碑への日本の右派による反対運動が目立ち始め、具体的な被害報告や証拠も提示されないままに「慰安婦」碑によって在米日本人に「いじめ」被害が出ているという説が右派の間で広がっていった。そして「慰安婦」問題の「主戦場」が米国だという言説が広がり始めた。

ニューヨーク州にある「慰安婦」碑(中央)。2012年6月に設立された。13年1月には同州議会上院が記念碑により「慰安婦」問題を記憶にとどめるとする決議も出した。

同年6月に全米で2番目に建てられたニューヨーク州ナッソー郡での「慰安婦」碑に対しては、「なでしこアクション」などの右派団体が抗議を呼びかけ、日本からの抗議メールが殺到した。それ以降、「慰安婦」碑の建設計画があるたびに右派が呼びかけ、日本からの抗議メールが殺到するパターンが続いている。

この6月、グレンデール市を訪れた。少女像がある公園と図書館ではその時期、1915年に起きたオスマン・トルコによるアルメニア人虐殺の展示が行なわれており、同じ公園に少女像と虐殺サバイバーの展示が同居していた。同市最大のマイノリティはアルメニア系である。同市にとって重要な意味を持つアルメニア人の虐殺の記憶と、「慰安婦」問題の共通性を見出したからこそ、市民が積極的に像を支援した面もあっただろう。

少女像のある公園では、地元アーティストのアラ・オシャガン氏らによるオスマン・トルコのアルメニア人虐殺のサバイバー(生存者)の展示が行なわれていた。植民地下の特定民族に対して行なわれた差別や暴力、加害国政府がいまだ責任を認めていないという意味で同様の意味をもつ。

グレンデール市が、「平和の少女像」を公園に設置したのは13年7月30日。このとき、戦前からの移民やその子孫である日系人の団体は、韓国系米国人団体と連携をとり、設置を支持した。戦時中の日系人収容政策や、それに対する公式な謝罪と個人補償の重要性と、元「慰安婦」の状況を重ね合わせた日系人たちがいたのである。

だが右派の在米日本人らは積極的な反対運動を展開。7月9日に開かれた公聴会には、数多くの在米日本人が参加し反対意見を述べた。さらに14年2月、日本の右派論客や活動家と在米日本人らは「歴史の真実を求める世界連合会(GAHT)」を設立し、目良浩一(めらこういち)代表らがグレンデール市を相手取り、撤去を求め米国連邦地方裁判所に提訴。同年10月にはカリフォルニア州裁判所にも同様の訴えを起こした。16年12月、カリフォルニア州控訴裁判所はGAHTの訴えを棄却。SLAPP(恫喝的訴訟)と認定する判決を出す。17年3月には、連邦最高裁でもGAHTの敗訴が確定した。だが同年2月、州裁判所でSLAPP認定された訴訟にもかかわらず、日本政府は連邦最高裁にGAHTの上告が認められるべきとする異例の意見書を提出している。

また日本でも、14年の『朝日新聞』「慰安婦」報道検証記事をめぐり、右派の3団体が朝日新聞社相手に裁判を起こした。特に日本会議が全面支援する「朝日・グレンデール裁判」は、朝日新聞社の「誤報」により国際世論の誤解を生み、被害を受けたとする在米日本人を主要な原告として裁判を闘った(17年4月27日、東京地裁で原告敗訴判決。現在控訴中)。米日双方での裁判や運動への支持を広げるため、日本の右派は在米日本人右派を組織化し、GAHTの他、ロサンゼルスで「True Japan Network」、ニューヨークとニュージャージーで「ひまわりJAPAN」、カナダで「トロント正論の会」などの運動体が結成された。

政治家の無知発言こそ恥

在米日本人右派の運動が拡大する中で、問題も発生している。今年設置が予定されているサンフランシスコの「慰安婦」碑に関する公聴会では、在米日本人右派が「慰安婦」否定論を展開し、特にGAHTの目良代表は元「慰安婦」の李容洙(イヨンス)氏を目前にして「この人の証言は信頼できない」と発言。デイヴィッド・カンポス市議が「恥を知れ」と怒る1幕もあった。「慰安婦」碑の設置は全会一致で可決したものの、李氏が受けた精神的被害は相当のものだったろう。

13年の米カリフォルニア州ブエナパーク市やカナダのブリティッシュコロンビア州バーナビー市、15年の米カリフォルニア州フラトン市など、「慰安婦」碑の建設を見送った自治体もある。これらの自治体に対しても、日本政府は積極的に働きかけていた。ブエナパーク市長、エリザベス・スウィフト氏は筆者の取材に対し、日本総領事の自宅への招待、領事館からの書簡や関連資料が送られ、「慰安婦」碑を建立しないよう働きかけがあったと語った。サンフランシスコでも、設置をめぐって在サンフランシスコ総領事館が在米日本人のみならず日系人らにも圧力をかけていたと、小山エミ氏が共著の『海を渡る「慰安婦」問題』(岩波書店)で報告している。

安倍晋三首相自身が「慰安婦」強制はなかったとする歴史観であるからか、日本政府の歴史修正主義への加担が目立つ。批判すべき立場の民進党の蓮舫氏も、ブルックヘイブン市の少女像は日韓合意を守っておらず「極めて遺憾」と発言。米国の自治体が建てた少女像に日韓合意は無関係なのに、この問題への無理解を露呈している。「歴史に学ばない日本」像が海外に拡散されることこそ日本の恥であり、その実害は大きいことを一刻も早く認識すべきである。

(やまぐち ともみ・モンタナ州立大学教員。9月1日号、写真も)

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