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〈玄関の悪臭とファーブル先生〉想田和弘
想田和弘・『週刊金曜日』編集委員|2026年10月17日7:35PM

瀬戸内海に面した築160年以上の日本家屋を仕事場として使っている。その玄関で突然、嫌な臭いがし始めた。臭いの感じからして、ネズミか何かがどこかで死んだのだろう。
だが、玄関にある靴や靴箱をひっくり返して捜しても、死骸はどこにも見当たらない。壁の裏側や縁の下など、見えないところで死んだのだろう。いや、臭いを嗅ぎつけた数匹のハエが、上へ向かって突進しては天井に激突する様子から察するに、ブツは天井裏にあるのかもしれない。でも天井板は簡単にはずせそうにない。
さて、どうしたものか。とりあえず「事故物件」にも使えるという強力な業務用消臭剤をネットで見つけて取り寄せ、置いてみた。その作業が一段落して、海を眺めながらコーヒーを飲んでいたら、ふと、「ファーブル昆虫記」が思い出された。
そういや、ファーブル先生はわざわざ、小動物の死骸をアルマスの自宅の庭や研究室に置いて、どういう昆虫が集まってきて、どのように死骸を処理するのか、つぶさに観察したんだよな。書棚に眠っていた奥本大三郎訳・解説『ジュニア版ファーブル昆虫記7』(集英社)をひっぱり出して読んでみると、僕の記憶は正しかった。先生が置いた死骸には、アリやカツオブシムシ、エンマムシなど、さまざまな「死体処理の専門家」が集まってくるのだが、中でもいちばん早く肉を食いつくすというキンバエとニクバエの生態を詳しく観察していた。
たとえばキンバエは、死骸を見つけると1時間以上かけて数百個の卵を産みつける。産んだ卵はアリたちが次々にくわえて持っていってしまうのだが、それでも構わずにキンバエのお母さんは産み続ける。すると数多くの卵が生き残り、幼虫になる。幼虫たちは口から酵素を吐き出して肉を溶かし、スープにして飲んで大きくなっていく。先生が鉢に置いた1・5メートルもある大きな蛇の死骸も、3、4日ですっかり溶かされ、スープになってしまったという。
すごいなあ。生き物が死ぬことは、別の生き物が生きることなのである。自然界に不要なものなど、何もない。人間には「害虫」と呼ばれて忌み嫌われるハエだが、彼らがいなかったら、地球上は生き物の死骸だらけになってしまうに違いない。ハエさんが貴重で偉大な存在に思えてきた。
数日後、消臭剤が効いたのか、何かの昆虫が食べてくれたのか、悪臭は消えていた。
(『週刊金曜日』2026年10月9日号)
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